慈悲深き人々が集う場所

中学1年生の春休み、骨折をして入院した。

バスケの神様、マイケルジョーダンのように、ダンクシュートを決めたい。空高く飛び、空中を歩きたい。その一心だった。

小学校の校庭で、小学生向きの高さの低いバスケットボールリングを相手に、それでもリングが高くて届かないから、古タイヤを地面に何個か重ねて、踏み台を作った。

これなら届いた。ダンクができた。とにかく爽快だった。憧れのダンクを決める感覚。

夢中になった。何度もやった。

そして、調子に乗った。

*****

より高く、より遠くへ、より速く。しなやかに、かっこよいフォルムで。

とにかく、マイケルジョーダンのようなダンクを決めたい。

ついに、その瞬間が訪れた。

助走をつけて、踏み台から力強くジャンプする。高さも距離も申し分ない。バスケットボールを天高く掲げ、タイミングよく、リングにボールをたたきつける。

同時に、しっかりとリングをつかみ、リングにぶら下がる。つかんだ手を支点に、僕の体は慣性に任せ、振り子のように、そのまま進行方向に舞い上がる。

刹那、僕の手はリングを離れてしまった。

そして、僕は、空高く飛び、空中を歩いた。まるでマイケルジョーダンのように。唯一、僕が逆立ちの姿勢で飛んでいることを除けば。

何もかも手遅れだった。スローモーションになった。視界に地面が近づいてくる。

反射的に左手をつき、僕は逆さまに地面へたたきつけられた。

*****

「うんうん、これは、折れてるね。」

先生は、にこやかに言った。

「肘と手首の間には、橈骨(とうこつ)と尺骨(しゃっこつ)という2本の骨があってね、見てごらん、どちらもきれいに折れているよ。痛いでしょ。」

(めちゃくちゃ痛いです・・・。だから、僕は、タクシーで病院に来たのです・・・。)

「ちょっとずれているのを直せば大丈夫。そのうちくっつくから。」

「じゃ、ちょっとがまんしてねー」

先生が言うと、横に立っていた看護師さんが、イスに座っている僕の上半身を押さえた。

そして、見事な連携プレーで、今度は、先生が、まさに折れている僕の左手をつかみ、グリグリと引っ張った。全くの予想外の展開だった。

(ぎゃー!!!っつううううううう!無理無理無理無理無理!!!いたたたたたたたたた!!!!!)

「これで大丈夫。ギプスをしてしばらく絶対安静ね。君は、動き回りそうだから、うん、入院だね!」

(ハア、ハア、ハア・・・・。えっ、入院するの??)

*****

僕が入院した外科の病棟は、迷路のように複雑な構造で、老朽化が進んでいる薄暗い建物だった。西日が照らす一角だけがなぜかとても明るく感じた。

建物は、六角形か八角形の形状をしていて、ロビーを中心に放射状に病室が並んでいた。おかげで室内の4辺の壁は直角には交わらず、窓に向かうと鋭角に迫ってくる壁が、僕には少し落ち着かなかった。

もどかしさと焦りと自分のアホさと、何よりも不自由さで不安がいっぱいだったけれど、不謹慎ながらちょっと大きな怪我をすることに憧れみたいのもあって、これから何日も家族から離れて1人で暮らす入院生活のことを考えると、幾ばくかの期待のような感情もあった。

病室は相部屋だったが、僕の部屋には他に誰もいなくて、1人だけだった。

*****

入院中は、特にやることがなかった。これまで如何に恵まれた環境で、自分勝手にしていたかがわかった。窓の外を眺めると、ビルとビルの隙間から、遠くに電車が見えた。時間がゆっくりと流れた。

ロビーに出ると、松葉杖のおっちゃんがいつもタバコをくわえていた。おっちゃんの松葉杖は、自分専用に完全なるカスタマイズがされていた。タバコケースやライター入れ、空き缶の灰皿などが、針金で松葉杖に固定されていて、ここでの生活の年季を感じた。

いつも顔を合わせるので、そのうちなんとなく会話をするようになった。でも、おっちゃんの言うことはあまりよくわからなかったので、話した内容は覚えていない。ただ、おっちゃんは、とてもポジティブな人で、世の中いろいろな人がいるのだなと感じたことは記憶している。今、思えば、僕を励まし、おっちゃんの人生哲学を教えてくれていたんだと思う。

クラスメートがお見舞いに来てくれたときは本当にうれしかった。もともとは自分が無茶して迷惑をかけただけなのに、みんなのやさしさが身にしみた。

みんなが帰った日の夜は、寂しかった。消灯時間になっても、備え付けのブラウン管の小さなテレビを、片耳のイヤフォンをさして見ていた。見回りの看護師さんが、「眠れないのか」とやさしく声をかけてくれたけど、僕は強がって、テレビを消して、目を閉じた。

病院の3度の食事では足りず、いつもお腹が空いていた。ある日、友達が、おにぎりを差し入れてくれた。これには心から感謝した。

それ以降、僕は、逆に友達の誰かが入院したときは、必ずお見舞いにいった。差し入れは、いつもおにぎりを持って行った。おにぎりの差し入れが、もしかしたら、自分勝手なチョイスなのかもしれないと気がついたのは、だいぶ大人になってからだった。

中2の新学期には少し遅れて登校した。早くみんなと遊びたかった。




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