ヨーヨーの5歳の誕生日ってことは、わたしは母ちゃん5年記念なんだ。
子供を産むってことは、文字通り身を削られることだ。時間を取られることだ。仕事やなんかの他にむけた情熱量を調整せざるを得ないことだ。
ヨーヨーと3歳差であーちゃんがやってきて、やっと、やっと、ここまできた。
まだ二人とも小っちゃいけれど、気がつけばヨーヨーはもう赤ちゃんではなくて立派な男の子の顔をしている。
わたしは出来の悪い母ちゃんだ。せっかちで、おこりんぼうで、わがままで。子供が可愛いと思う、大事だと思う、幸せになってほしいと願う気持ちは本物だけれども、自分の事は自分の事で手放せない。
「ママがいいよぅ」とヨーヨー。「ママ、いっしょにー!」とあーちゃん。二人は別々の保育園に通っているので、毎朝の送りにどっちがママ・パパという選択に際して、私は毎日ダントツ人気である。かわいい。
だけどわたしも仕事がある。そちらに情熱の100%をぶっこみたい日もあって、小さな人たちは何も悪くないのにイライラしてしまうこともある。
理想の育児の10点満点なんてものがあるとすれば、自己評価3点くらい。
昔、飼っていたインコが子育てを放棄して、小さい雛を飢え死にさせてしまったことがあった。雛のか細い声が聞こえなくなって、慌てて木箱をあけたらもう手遅れだった、あの日の胸の痛みを、わたしは今も忘れない。
子供が5歳になったってことは、あのあほなインコよりは、わたしはうまくやっている。
この先、彼らが立派に巣立つ日まで、殺さぬように頑張らねばと思う。早く羽を鍛えて遠くに飛んでいけ、と思う。
その時が来たら、わたしはきっと寂しい。うんと寂しいだろう。
その時、空っぽでいたくないというのが、
わたしがわたしを頑張る理由なのかもしれない。
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