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イギリス全土で起きる「ストライキ」を紐解く

イギリス全土で大きなストライキが起きています。無理もありません。ロシアによるウクライナ侵攻の影響で深刻なインフレーションが経済を打撃しており、食費も光熱費も上がる一方。しかし公的なサービスに従事する人々の給料は年々下がっている。したがって鉄道会社、教師、大学教員、医者、ナース、救急隊員、郵便局員に至るまでプライベートカンパニー以外ほぼ全ての人がストライキに参加しています。ストライキに参加している間、もちろん給料は払われません。ただそうせざるを得ないほど、これらの人々は切羽詰まっているのです。ある記事によれば研修医の給料は10年で25%下がっており、土日は一人で救急病棟全体を見なければならないという重い責任を負わされているにもかかわらず家賃の支払いに苦労する研修医もいるといいます。日本では考えられない条件です。つまりストライキというのは、もうそうするしか政府に賃上げを訴える手段が残っていない、いわば最後の手段なのです。ただこれによって普段サービスを利用している市民は当然困ることになります。日本であればストライキをしている人々が非難の嵐に晒されそうなものですが、こちらでは違います。(あ、市井では皆文句を言っています)。ストライキは労働者の当然の権利として広く受け入れられているのです。これこそ最近授業で習った、東洋と西洋の権利の捉え方の違いから来るものですね。日本、中国、韓国といった東アジアでは個の権利よりも集団の利益(公益)が優先されます。ちなみに日本で死刑制度があることを話すとドン引きされます。「彼が死刑に値するだろう罪を犯したのは、彼個人の責任ではなくそのような罪を犯すに至らせた社会の責任だろう」と友人に言われました。西洋では一人一人の個人の権利が歴史的に重視されているし、公的サービスに従事する人にきちんとした額を支払うことは回り回って市民全体に帰ってくる、という考え方が基礎として浸透しているんですよね。医者や教師の給料を下げれば、まともな人材が集まらず、結局は国民一人一人の健康水準が下がり、教育水準も下がることになる、ということ。日本はアメリカに倣ってすべてをプライベタイズしようとしており、ゆくゆくはイギリスよりひどい道を辿ることになると予想します。「稼ぐ能力のない人は死ねばいい」というおぞましい考え方が既に多くの人の間で受け入れられているのを最近も目の当たりにしましたよね。

ところでストライキに関しては私の大学も例外ではなく、特に人文科学の教授たちはほぼ全員がストライキに参加。その結果なんと予定された授業の14クラスがキャンセルされることに……。これにはさすがに憤りを感じました。クラスがなくなるということは、教授による講義、生徒とのディスカッション、リスニングの機会、すべてが失われるということです。もちろん労働者の権利も理解するけれど、こちとら学習する権利を奪われるということになる。しかし先生を責めるのはお門違いで、責めるなら政府を、そしてネオリベラリズムを責めよう、というのが大半の生徒たちの見解です。こちらにきて本当に驚くのですがヨーロッパの若者たちは驚くほどリベラルです。

不満をこぼしていても仕方ない、その間自主学習しよう、と相変わらず図書館に通っていると、いいニュースが舞い込んできました。イギリスの労働組合が大きな成果を上げ、ストライキが一旦休戦となったのです。これによって少なくともキャンセルされる予定だった14講義中の8講義は無事行われることとなりました。また3月後半からストライキ再開するので残りの6講義がどうなるかは不明ですが、この「成果」には大変感動しました。日本では権威に対して声を上げるということが1960年代動以降疎まれているものの、英国ではこうやって功を奏しているのです。こちらでできた友人に今までプロテストに参加したことある?と聞くと高い教育を受けた人たちはほとんどのケースで参加した、と答えます。諦めずに声を上げることは決して無駄ではないのです。
 

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