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好きなことを好きなだけ話す人の話を聞くことが好き。


私はどちらかといえば口下手なほうである。
わりと人見知りなのかもしれない。

そうは言っても仕事柄人前に立つこともある。
プライベートでのコミュニティなんかもある。
良いご縁の中で楽しくさせていただいている。

しかしそんな人生経験を考慮しても根っこは変わらんものである。

楽しそうにしておこうか。とか、
ここは明るく振舞っとこう。なんて。
ときどきその場のノリで誤魔化している自分がいる。

そうした心の置き方が定まっていないことに
疲労感をおぼえることもある。
生あくびならぬ、生ため息をつく。
後を引く心地の悪い疲れだ。

毎日ではないし毎回でもないが、そう思う。


変わって、世の中には自分の好きなことに精通している人たちがいる。

仕事であれ趣味であれ、その専門性をどこまでも深く掘り下げてゆける能力を持った人たち。

普段は、決して驕らず遜らず、ひけらかす事のないそのスキルを内に秘め、ただひたすら自身の好きなことを積み重ねて生きてゆく。

時には寡黙に。時には明朗にと。
そうすることが当たり前かのような自信に満ちたオーラを放つ。
どちらにせよ私には近寄りがたいものがあった。

ただ、何かのきっかけでその興味の琴線に触れた時、
彼らは惜しみなくその知識と心の解放をしてくれる。

瞬間的沸騰型共有感とでも言ったらいいのか。
ポンと一瞬で間合いを詰めてくるのだ。もーお仲間さんやねぇ。と。


私は、自身の好きなことをとことん追求してゆける人が羨ましく思える。
その好きなことに費やした時間と情熱に、軽く嫉妬にも似た感情をおぼえる。

私にはないスキルだからかもしれない。


だが、そんな人達と話していると不思議と気持ちが落ち着く。
落ち着くとは例えがおかしいのかも知れないが、
なんかこう無心でいられるというか。

無駄に取り繕う必要のない時間

まるで旧友と再会したかの如く彼らは自身の好きなことの
いままでを話してくれる。
いまがどうかという事。そして必ず、
いまからに導いててくれるのだ。

決して聞き上手ではない私の心を捉えグッと離さないのだ。
親子がそうしているかのような会話と間と。
決して苦にならない心地のよい沈黙と。
そして次への好奇心を駆り立ててくれるのだ。


ある時ふっと思いついたことがある。
思いついたことをフレーズにまとめるとこうだ。

好きなことを好きなだけ話す人の話を聞くことが好き

うん。たぶんこういうことだろう。
決して早口言葉ではないし滑舌練習でもないが。


好きなことを夢中で語るこどものような雰囲気が好き。
好きなことを大げさに表現し過ぎて照れてる顔が好き。
好きなことを好きなんだってと真剣に言える人が好き。


結局のところ
その好きな人と話す時間を共有しているじぶんが好き。
なのかも知れない。

つまりは
好きなことを好きなだけ話す人の話を聞くことが好き。

そういうことなんだって。





正直言って嬉しいです。今後の活動の励みになりますm(_ _)m