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食べ吐きの癖

 完全なる摂食障害まではいかないかもしれないが、私にはこの傾向がある。

 きっかけは大学生のころ、就活のストレスで急性胃腸炎になり10日間入院したことだ。
 以来、もともと弱かった胃がさらに弱くなった。

 なにを食べても「また胃を壊すんじゃないか」「胃もたれするんじゃないか」「これを食べたら絶対あとで後悔するよな……」とばかり考えてしまう。

 が、一方で甘いものを食べたい衝動が抑えられない。
 就職してからのストレスや、年齢に伴うPMSの悪化とともに、とくに以下のようなときに食欲が抑えられなくなった。

 ・繁忙期が終わったあとの休日前
 ・高温期~月経前
 ・上記かつ夫がいないタイミング

 緊張の糸が切れて気がゆるんだタイミングとか、じぶんの身体がカロリーを欲しているタイミングなのだろう。
 家にあるお菓子を片っ端から開け、ひととおり腹がふくれるまでむさぼり食わずにいられなくなる。
 たとえ食事後だろうがなんだろうがお構いなしだ。
 むしろ、食事後にムズムズと口寂しくなり、お菓子を食べてしまうことも多い。

 そこで「あ~食べちゃったけど美味しかった!」で済めばよいのだが、なにせ先のとおり胃弱である。
 「食べたらもたれる」の予期不安に取りつかれ、食べたあと猛烈な罪悪感と焦りに襲われてしまう。
 そして「なかったこと」にするために吐く。

 もちろん、吐くほうが心身へのダメージが大きいことはわかっている。
 実際、吐いたあとはフラフラになるし、翌日は胃痛に襲われることもしばしばだ。
 胃酸で食道だか気管支だかもやられるせいか、最近、咳喘息まで発症した。

 だが、吐いたあとは気分がすっきりする。
 「食べすぎ=胃もたれ」の不安からも解放される。
 ある意味、内にこもりがち・我慢しがちな私が不平不満を吐き出し、危うく精神のバランスを保つストレス解消法になっているようにも思う。

 完全なる摂食障害まで行かないのは、回数が少ないことと、ある程度の自制は効いていることだろう。

 やらかすのは月経前が多いから、多くて月に1回程度である。
 また、そもそも夏季は夏バテで食欲が落ちるので、食べすぎて吐くということがほぼ起こらない。問題になるのは秋冬である。
 人目のあるところでは吐かない、ができる程度の自制心もある。
(仕事中にイライラしたときや、夫に隠れて部屋でお菓子をむさぼり食うときはある。その場合は食べただけで吐きはしない)

 ならば完全に吐くことをやめ、適正な食事に戻すこともできるのではないか? と言われそうだが、そう簡単には行かないので苦しんでいる。

「もうこんな不健康なことはやめよう」
「食べすぎた挙句、じぶんで吐くなんて絶対異常だ」
「私はおかしい人間だ」
「私はなんて意志が弱いんだろう」
「経済的にも資源的にも、とても無駄なことをしている」
「次からは絶対吐かない。食べすぎないように節制する」

 何度も何度もぐるぐる考え、「もうやらない」と誓っても無理だった。
 私の心身は私を裏切り、どこかで我慢の限界を迎えて食べて吐く。
 そのたびにまた罪悪感にさいなまれ、じぶんは駄目な奴だと自分自身を攻撃する。この繰り返しで疲弊してきた。

 しかし先日、また食べ吐きをやらかしながら、ふとこんなことを考えた。

「なぜ、他のストレス解消法は異常扱いされないのに、摂食障害はおかしい目で見られなければならないのか?」

 たとえば、多くの人はストレス解消だと言って飲酒する。
 その結果、肝臓を壊したりアルコール中毒になったりして、最悪死ぬ。

 ヤケ食いなんかも同様だ。
 食べすぎて肥満になったり、糖尿病になったりする人も多いと思う。

 どちらもじぶんの心身を痛めつけ、じぶんを壊そうとしている点では摂食障害と変わらない。
 だのに飲酒やヤケ食いは、「いや~昨日はついまた飲みすぎちゃったよハハハ」みたいな世間話の一環で終わってしまう。
 中年太りだからしょうがないよねといった了解や、よくあるストレス解消法のひとつとして容認されている感がある。
 摂食障害が、激しい自責の念や自己嫌悪にさいなまれるのとは雲泥の差があるのだ。

 こうした扱いの差が生じる理由のひとつは、結局のところ、分母の差ではないだろうか。

 飲酒やヤケ食いをする人は数が多い。
 しかし、食べて吐くを繰り返す人は数が少ない。
 だから「異常」に見えてしまう。ただそれだけのことではないかと。

 もちろん、食べることを拒否してガリガリになり、入院までしているのに「まだ痩せたい」などと目をギラギラさせているレベルになれば危ない。
 生命の危機に瀕している点では、異常な状態ともいえる。

 が、たとえば私みたいな「プチ摂食障害」とでも言えばいいのか。
 摂食障害の傾向があって、でもそれを改善しきれず、かといって悪化もしない程度の人。
 そういう人まで、過度にじぶんを責めすぎなくてもいいのではないか。

 だって、所詮「異常」「正常」の差は、分母が大きいかどうかなのだから。
 まあ確かに吐けばしんどいし、食べすぎれば胃もたれする。
 その点では心身に実害が出ているけれども、そんなの酒飲みや健啖家だって一緒なのである。
 むしろ「食べ吐きをするじぶんは異常だ」とおのれを責め続けるほうが身体に悪い。

 いまのじぶんは、ストレス解消のためにどうしても食べ吐きをしてしまう。
 でも、いつか別の、もっと負担の少ない解消法を見つけられたらいいね。

 じぶんにこんなふうに声をかけて、ぽんぽんと背中を叩く。
 そうしてじぶんの現状を受け入れてゆくことこそが、改善のための近道ではないかと思う。

 ふっとこういう考えにたどり着けた、それだけでも私にとっては大きな一歩であった。
 日々ストレスは苦しいし、まだまだ現状も変わらない。
 それでも、こうして少しずつじぶんに寄り添っていけたらよいと思う。


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