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2020年、わたしは自分をつくり、たねをまく。

「嵐解散」のニュースを見たのは、1年前。病室のベッドの上だった。
これからのことがまったく見えなくなって、どうなるのかもわからなかったし、これですぐに死ぬことはなくても、体力的にできないことが増えて迷惑をかけてしまう、お手伝いしてもらわなければいけない存在になるのだろうかと不安で不安でたまらなかった。

年末に体調をくずし、クリスマスや年末年始を病院で過ごすことになろうとは、ほんの一滴もおもっていなかった。地獄のような怒涛の検査の日々を経て、はじまった治療はものすごくうまくいっていた。

だけど。

これからじぶんがどうなるのか、まったくわからず、ひたすら情報を集め、勉強し、そしてこれからの人生についてひたすら考えていた。

ジェットコースターのような乱高下した入院生活のあと、ほんとうにつらくたいへんだったのは退院してからだった。

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はじめてでわけもわからない食事制限。
階段が手すりを持って、手でひきあげなければ上がれないほどの筋力低下。
心配するがあまりそれがストレスになる家族とのくらし。
Jターンで戻ってきたばかりの実家のちかくには、ともだちと呼べるひとがおらず、閉ざされた社会生活で息がつまりそうだった。

まぁ、そんな休養期間を経て、6月に仕事復帰した。
不安で不安でしかたなかったけれど、職場のひとと話し合い、負担の少ない部署からのスタートとなった。
部署異動(仮)は、本意ではなかったけれど、おかげでたくさんのひとと知り合うことができて、結果的に《ここにいていいんだ》という安心感がうっすらとうまれることになった。

いま暮らしている場所は、転勤族だった家族が、わたしが中学1年の3学期にもどってきた場所だ。大学は家から通える場所にあるものはなく、結果わたしは5年しかここで暮らしていない。
中学・高校のともだちとも今では連絡をとっておらず、地元という感覚もあまりない。
なのに「いつかは戻ってくるんだろうな」と漠然と考えていて、そして、なぜかほんとに戻ってきたのは、なにかの流れだったのだろうかとおもうくらいじぶんの意思ではなかった。
まあ、そんなふうに、土地に根付いている感覚がなかったのが、部署異動(仮)として、デイサービスではたらき始めると、つぎつぎと知り合いが増えた。

というのも「じいちゃんと同級生やったで」「あそこの娘かな」などとわたしの親や親戚つながっているひとたちが話しかけてくれたのだ。ずっと離れた土地で暮らしてきたわたしにとって、ひとにも慣れず、閉鎖的な感じがして好きじゃなくて、居心地なんてぜんぜんよくなかったけれど、遠くのつながりから懐かしいと声をかけてもらえることはなんだかうれしかった。それに「ばあちゃんと同級生で」なんてはなしをされると、生前のばあちゃんに再会したようなきもちになって、ここにこなければそんなできごともなかっただろうとおもうと、帰ってきてよかったな、とはじめて思えるようになった。

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からだと相談しながら、無事再燃することなく順調に1年過ごすことができた。
そしてやっぱりおもうのは、看護がすきなんだなぁということ。
そして、いま過ごしているこの場所がすごしやすい場所になればいいなということ。

臨床の場と施設では常識はちがうしやりかたもちがうし、愕然とすることもおおいけど、はたらいてみておもうのは、それでもやっぱりみんな利用者さんのことをたいせつにおもっているんじゃないかな、ということだった。誤解やプライドやなんやかんやで(雑)むずかしいこともあるけど、それなりにいい方向に変わっていけるんじゃないかなとおもう。

そして、過疎化・高齢化の進んでいくこの街・・・うそ、村?・・・うーん、とにかくぽつんと一軒家の集合体みたいなこの地域で、いろんなところに行ったり見たりしてきたわたしだから見えることもあるだろうから(いやもちろんまだまだ未熟ものですけど)、なにか年をとっても住みやすいしくみづくりだったり、できたらいいなとおもうのです。

時代はやっぱり地域包括ケア。

わたしはじぶんが病気になったことで、予防にちからを入れたいとおもうのではなく、病気になっても暮らしやすい場所づくりのほうにとても興味がある。病気になっても、できないことが増えていっても、それに、年をとるってそういうことでもあるとおもうし、いきいきと暮らせる場所になればいいなとおもう。

そのためのたねまきを。
そして、そんな活動や学びができるように、ことしはステロイドのおかげで筋力がかなり低下しているので、からだづくりをしていこうとおもうのです。

ひとと、ひとの人生と向き合うことは、正解がみえなくて、むずかしく感じることばかり。急性期医療の頃の先輩とはなすこともあるけれど、おなじような現場ではたらくひとともはなしたい。でも事例なんかはとてもセンシティブで、事例検討ってほんとはとってもたいせつだけど、むずかしい。なので、今年は有料記事にして、事例検討をしていけたらいいなとおもいます。

ことしもきっといい年になるはず。
からだをたいせつに、等身大のじぶんで、たのしくできることをすこしずつしていこうとおもいます。(とはいえガンバリ族なので、「無理しない」をじぶんに言い聞かせながら、ね。)

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