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エッセイ・覚え書き集

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経験も空想のうち。空想も経験のうち。
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2022年11月の記事一覧

本の落ち穂をあの頃モテなかった自分へ【エッセイ】

 人には、異性にモテたいと切実に願う時期が必ず訪れる。その時期を一括りにして、青春と名付けていいものかは議論の余地もあろうかと思うが、十代や二十代の頃に、モテたいという思いを抱いた経験のある人は多いはずだ。  十代の私はモテなかった。理由ははっきりしている。自分に自信がなかったからだ。私は本に逃げ込んだ。異性にモテる方法を本に求めたのである。そして得た結論は、異性にモテるには行動することが大事だということだった。自信は行動することで得られる。言い換えれば、行動することでしか

本の落ち穂をためつすがめつ【エッセイ】

 二十代のとき、私は埼玉県にある会社の寮に住んでいた。職場の二階に六畳のスペースを与えられ、すべての家財をそこに詰め込んで数年間暮らした。  本好きだった私の部屋は、いくつかの衣裳ケースとパイプベッド、14インチのブラウン管テレビとミニコンポ以外は、すべて本とCDと雑誌にまみれていた。  ある日、後輩のK森くんが私の部屋をノックした。K森くんは、青森県出身で映画と洋楽を愛好する純朴な青年だった。私の部屋に彼が訪ねてくるのは珍しいことだった。  ちょうど私は、小さな折りた

本の落ち穂を拾い束ねて【エッセイ】

 考えてみれば、本は必ずしも本棚にあるわけではない。机の上はもちろん、食卓やテーブルの上、床や畳の上、ソファーやベッドサイド、押し入れやクローゼット、あるいはトイレ、あるいは階段、出窓、下駄箱、脱衣所、ガレージなど、本は室内のありとあらゆるところに侵食する性質を持つ。  本にとって本棚は特等席に違いないが、お気に入りの本だからといって本棚に収めておくとは限らない。今読んでいる最中の本は、持ち主の意志により、ありとあらゆるところに連れて行かれる運命にある。  本は、生活空間