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“触れる地球”「SPHERE」が教えてくれる、わたしたちが未来を生きるためのヒント

球体ディスプレイに、雲の動きや台風の発生状況、マグロの回遊ルートなどの地球のリアルタイムの観測データを映し出す、インタラクティブなデジタル地球儀「SPHERE(スフィア)」

わたしたちと地球の心の距離がより近くなる、これまでにない体験を与えてくれる魔法のような地球儀スフィアの開発者である竹村眞一さんに、人間が海と共に、この地球でどのように生きていくことができるのか、そしてこれからの海洋教育について、お話を伺いました。

竹村真一顔写真---0711

(プロフィール)
「SPHERE」竹村眞一
文化人類学者。東京大学文学部哲学科卒、東京大学大学院・文化人類学博士課程修了。(財)アジアクラブ主任研究員、東北芸術工科大学教授などを経て現在、京都芸術大学教授として勤務、さらにNPO法人ELP(Earth Literacy Program)を設立運営、代表理事を務める。開発した「触れる地球」は2005年グッドデザイン賞・金賞、2013年キッズデザイン賞 最優秀賞・内閣総理大臣賞を受賞。2008年G8北海道洞爺湖サミットや2016年G7伊勢志摩サミットで展示)や「100万人のキャンドルナイト」、「Water展」「コメ展」(21_21 DESIGN SIGHT)などの企画・制作を担当した他、2014年2月、東京丸の内に「触れる地球ミュージアム」を開設。
SPHEREの公式サイトはこちら(http://sphere.blue/)

大切なのは、「自分は歩く海なんだ」と気付くこと


―竹村先生は、「人は歩く海だ」「地球は水球だ」というお話を、学生や子どもたちにしていらっしゃるそうですね。これはどういうことなのでしょうか。

竹村:
生物が陸へ上がってきたのは4億年前。地球46億年の歴史を46歳と考えると、42歳の頃。海から出てきたのはつい最近。私たちにとって海は身近な存在なんですよね。

しかも海の生物はおそるおそる陸に進出する過程で、海を体に包み込んで陸に上がりました。包み込んだ海とは、0.9%の塩分濃度でミネラルの成分も海水とよく似たわたしたちの体液です。わたしたちは言ってみれば、“歩く海”、ポータブルな海なんですね。

子宮の中の羊水も、まさに海です。わたしは子どもの出産に立ち会ったことがありますが、子どもが生まれた瞬間の第一印象は、「海から出てきた!」。匂いが、本当に磯の香りだったんですよ。

そして、水には、温まりにくく、冷めにくいという性質があります。地球と月は、太陽までの距離がほとんど変わらないけれど、なぜ地球は気温が激変しないのか。それは水に覆われているからです。

水のない月の表面は、太陽が当たる昼の側は100℃を超え、夜の側はマイナス150℃。地球が自転する度にこんな気温の大変動があったら生きていけません。わたしたちが安定した気温と気候の中で生きていられるのは、地球が水球であるおかげなんです。

―「人は歩く海」。この発想は、新しい感覚のように感じられます。

竹村:
特に近代、人類は海に背を向けた文明をつくってきました。日本も1964年の東京オリンピックの時に水路を埋めて暗渠にするなど、完全に水が見えない、海を感じにくい環境をつくってきました。今日、“ソーシャルディスタンス”が流行っていますが、人と人との距離だけではなく、ウイルスや他の生物、海や地球との距離感が今とても問われていると思います。

今の教育は、「海のことを身近に感じましょう」という三人称として海を見る、“べき論”の段階です。それでは限界がある。そうではなく、幼少期から、「君は歩く海なんだよ」「9か月、海で浮かんだ状態で育って生まれたんだよ」など、「自分が海なんだ」という感覚をもつ、一人称の海洋教育がこれからの社会には必要だと考えています。

―今の海洋教育に対するそうした考えが、スフィアの製作につながったのでしょうか?

竹村:
人工衛星による地球観測データで、どのあたりの海水温が高く、いつどこで豪雨災害が起こるかも予測できる時代です。それは科学や防災技術の進歩というだけでなく、私たちが「地球の体温と体調」を自分の体調のようにリアルタイムにモニターできる時代の始まりと思っています。「自分と地球は一体なんだ」という一人称の感覚。そんな教育環境をつくるための第一歩として開発したのが、スフィアです。

スフィアは、球体ディスプレイもしくはタブレットの画面の中に地球儀が出てきて、リアルタイムの雲の動き、天気図、発生中の台風、マグロが太平洋を渡る姿などが表示されます。

リアルタイムの様子のほか、例えば台風が生まれてから日本に上陸し、消えていくまでの1、2週間くらいをリプレイして見ることができます。

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台風の動きを海水温と重ねて表示すると、台風は海を冷やしながら進んでいくのがよくわかります。台風は海を蘇らせるミキサーの役割を担っているということです。台風が巨大なエネルギーで海をかき混ぜて、ミネラル豊富な冷たい深層水を汲み上げることで、水温を下げて珊瑚の白化を防いでくれる、プランクトンや魚も増えて、海が豊かになる。台風の見方が変わります。

また、マグロが太平洋を渡った跡と海流にのって集まったプラスチックゴミの位置を重ね合わせると、マグロの通り道にプラごみが集まってくるのが分かります。もしかすると、わたしたちが食べているマグロに自分達が出したプラごみがマイクロプラスチックとなって入っているかもしれません。

こうしたネガティブな部分も「マグロの健康は自分の健康」というように自分事として考えるきっかけになるでしょう。

21世紀に目指すべきは、ポジティブもネガティブもすべて受け入れる骨太の海洋教育

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―具体的に、どのような海洋教育を目指されているのかを教えてください。

竹村:
「台風が怖いから身を守ろう」というのは、本当の意味でサスティナブルな教育ではありません。「台風は海を蘇らせる」「地球の体調の自己調整装置」いった自然のメカニズムの理解に基づいてそれと共生してゆく知恵を磨く。「災い」と「恵み」は表裏一体なのだという感覚を共有することで、本当の意味での防災や気候変動に適応する力を養うのではないでしょうか。

これから20年、30年後、今の子どもたちが自分の子どもを産む時、「海から生まれてきたね」と子どもを迎え入れ、「台風は海を元気にしてくれている」といって子どもを育て、もちろん「ニューノーマル」に合わせて台風が来ても平気な街をつくっていく。そういう地球人を育てるための今よりもっと強靭な教育が、本当の意味で持続可能な骨太の21世紀の海洋教育だと考えています。

―持続可能な世界をつくるためのSDGs(Sustainable Development Goals)に、「海の豊かさを守ろう」という開発目標がありますが、守るだけではなく、その先を見据えたアクションが必要ということでしょうか?

竹村:
今、アジアやアフリカでは急速な都市の膨張で、上下水道のインフラが追い付かない程にスラムも増え、大変な水の汚染が人間と海の健康を損ねていますが、少量の水で衛生状態を保てるトイレや大便を堆肥にして土に還元する、それによって人工肥料による窒素過多や海の汚染も低減するといった改善システムも、日本のトイレメーカーの努力で普及し始めています。

こうした人間のイノベーションでSDGsの問題を解決した後に、どんな世界をつくるのか。その先のビジョンがないというのが現状です。「この先に見えてくる、もっと大きな地球教育、海洋教育のビジョンがあるのでは?」という、大きなマトリックスや飛距離のあるものが見えると、開発目標期限である2030年までのSDGsの実現が、どこへ行くためのステップなのかも見えてくると思います。

―21世紀型の海洋教育によって、未来はどう変わっていくと考えられますか?

竹村:
水害や気候変動に対する捉え方も変わってくるでしょう。世界でも、水害に強い街や地域をつくる方法は昔よりずっと増えてきています。

実際、中長期的な海面上昇などの問題を抱えるオランダやフロリダでは、浸水を防ぎ、水と闘うという姿勢から、浸水を受け入れ、それと共生するという考え方に転換し始めています。「都市が沈むなら、浮かんで暮らそう」という姿勢で、初めから筏のように浮かんだ「浮体式」の住居やマンションが普及してきています。東京、ロンドン、NY、上海はじめ世界の大都市の大半が沿岸低地にあることを考えると、こうした変動する海洋環境との共生デザインがますます重要になってきます。

知識と常識を21世紀型にアップデートすることが、持続可能な未来への第一歩

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―わたしたち大人が、海や地球の未来のためにすべきことは何でしょうか?

竹村:
1980年代にようやく確立したプレートテクトニクス理論によって、「日本はプレートの交差点上にある」「沈み込む海洋プレートによって数十年、数百年ごとに不可避的に大きな地震や津波が起こる」という共通感覚=コモンセンスが持てるようになった。つまり人類史上初めて、(津波が来てから逃げる、復興するのでなく)大災害が来る前にそれを「予期」「予防減災」できる初めての世代なんですよ。

それを分かっているのに、何もしないで次の世代に任せて死んでいくというのは不誠実でしょう。

10歳から15歳は、宇宙や地球、なぜ我々はここに存在するのかといった、一番大きなことに興味を持ち始める年代です。100年近いその後の人生を生きて行くための知的な跳躍力が養われる年代だと考えると、人間の矮小な想像力と知性に海を取り込むのではなく、海の目線で海の大きさの方に人間の知性をアップグレードし、この重要な年代に十分考えるための栄養を与えるということが、僕ら大人の担うべき大切な役目だと思います。

必要なのは、プラスチックゴミを減らして海をきれいにする、珊瑚を守る自然保護活動を行う一方で、海の健康が保たれているメカニズムを知ることや「海がある星の恵みって何だろう」ということを考えていく、そのバランスです。

そして、そういうものを幼少期から総合的に理解し、海を自分事として習い育ってきた、「海=自分」という感覚の中で生きる子どもたちを育てるというのが、一番大切なことだと思います。

―その役目を果たすために、まず何から始めたらよいでしょうか?

竹村:
深海に潜る生物など、実地で観察できない野生動物にセンサーやカメラを取り付け、生態調査を行う「バイオロギング」の研究がありますが、この研究は科学者が意図していない新たな次元を開いています。「生き物の目線」を共有することで、これまで対象として生き物を見ていた三人称の生物学が、一人称の生物学になる可能性が出てきたからです。

SDGsが強調するパートナーシップの概念も変わりつつあります。僕は今やパートナーシップの概念は、人間以外の他の動植物を含めたものになってきていると感じています。生き物目線で世界を経験することで、そうした人間界に閉じないパートナーシップが可能になると思います。

動植物との関係が、「あなたとわたし」というパートナー感覚を伴う、三人称から二人称のものになってきている。さらに「生き物の目線」で世界を経験することで一人称に近い次元が出てくる。ですから、海ともパートナーシップが必要です。水害や海面上昇といった災害に対するリスク感覚を高めるためには、普段から海に接している暮らしが大事です。海から離れ、海のリスクから遠ざかった生活をしている限り、リスクマネジメントは絶対にできません。

社会が変化し、人間のOSも進化し、海洋保全という感覚を越える所に確実に行きつつあるのに、それにちゃんとキャッチアップしていなければ、時代遅れの海洋教育になってしまいます。

さまざまなことをシェアできる時代に、子どもたちに大事なことがほとんど伝わっていないのはもったいないですし、大人が再学習しないまま、20世紀の世界の見方と常識でこの21世紀を生きているのは危ないことだと思います。

21世紀の子どもたちへの教育を通じて、子どもと一緒に自分も常識をアップデートする。これは、大人にとってもチャンスなんですよ。

                ***

今夏、スフィアを使った親子向けイベントの開催を8月に予定している他、もっといろいろな人が手軽に利用できるようにと小型の家庭版を開発中だという竹村さん。

今ここにあるすべては、わたしたちとつながっている。地球、動物、植物、大地、空、そして海も。自分が自然の一部であると自覚することの大切さに気づくこと。まずは、こうして地球に触れることが、これからのわたしたちが生きる新しい世界をつくりだすきっかけになるのかもしれません。

【SPHEREイベント開催予定】
8月20日に東京駅前・丸の内の「MCフォレスト」(三菱商事ビル1F)で、子供向けにスフィア地球儀のデモレクチャーを開催予定。

SPHERE関連資料

スタディサプリ地球講座

:なぜ「触れる地球」を創ったのか? -地球時代のメディアデザイン‐
https://youtu.be/A9A-mO7FJTo

TEDxTokyoでの子ども向けデモ講演(日本語)
http://tedxkidschiyoda.com/speakers/1379/

「海の地球ミュージアム」2018@六本木ヒルズ展望台(Short Ver.)
https://youtu.be/pU87dllalvw

「触れる地球ミュージアム」展示(国連会議での展示)https://www.youtube.com/watch?v=XJj4W-0O_iU

Global Philanthropy Forumでの講演(英語;2014年サンフランシスコ・シリコンバレー)
https://www.youtube.com/watch?v=0v9UYqEEf28