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【短編小説】クリスマスの魔法

「だってクリスマスなのよ、ケーキくらい食べなくっちゃ」

 そう言って隣を歩く僕の彼女――エリは空を見上げる。

 上空からはふわりふわりと雪が降り下りて来ている。ホワイト・クリスマスになったねと、エリは僕を見てにこっと笑った。

「それで。どこまで行くの?」

「駅前のケーキ屋さん。そこ、おいしいって評判なの」

 僕達は雪の中をしばらく歩いて、二人共に同じタイミングで声を上げて笑った。

「面白いね」

「ああ。こういう会話、新鮮だな」

 クリスマスが祝われていたのは、もう何千年も前のことだ。街にはクリスマス・ツリーが飾られて、ライトアップされて。子供も大人もわくわくして、プレゼントを贈って。そんな夢のような物語が現実にあったらしいと、僕達は学校で習った。

 今日は十二月二十五日の、クリスマス。今日くらい、現実を忘れたって良いじゃない。そんなエリの提案で、僕達は僕達だけにクリスマスを演出した。昔々に流行ったらしい、コートを着て、マフラーを巻いて。二人で手を繋いで。真実は僕とエリの恋だけのフリをして。

 石畳に、僕達の足音がコツコツと響く。雪が音もなく舞う。あつらえたように月と星が美しく光っていた。

「あ、見えて来たー!」

 元気なエリの声に導かれるようにして前方を見ると、古びた家屋の横に立て看板がしてあった。そこには「今日だけクリスマス・ケーキ有ります」と書かれていた。

 もとより僕達はこのセカイでケーキが買えるとは思っていなかった。クリスマスにケーキを買いに行く、それを二人で演出するだけの物語だったはずだ。

 不思議に思って二人で近付くと、小さな古い家には不似合いな真新しい金色のベルが下げてあった。そこに付けられた赤い紐をエリが引いてベルを鳴らす。カランカランと祝福の鐘のような音が夜の街に響いた。

「いらっしゃいませ」

 家の扉が開いて、一人の女性が顔を出した。

「クリスマス・ケーキをお求めですか?」

 僕達は驚きながらも頷く。

「小さいもので恐縮ですが、こちらをどうぞ。今日は特別、お代はいりません。良いクリスマスを」

 そこで女性はくすっと笑った。

「なんて。ちょっとやってみたかったんです」

 僕とエリも笑ってしまった。

「あ、僕達も。クリスマスってやってみたくて。それで昔の地図を調べて、ここにケーキ屋さんがあったって分かって。来てみたんです」

「ケーキ、いただいていいんですか?」

「ええ、どうぞ。今日は雪ですね。ホワイト・クリスマスって言ったらしいですね」

 女性が空を見上げて目を細めた。

「今頃、サンタクロースはプレゼントを配り終えて、ほっと寛いでいるのかもしれませんね」

「そうかもしれないですね」

「そうだよー、きっと!」

 エリが僕の隣で、ぴょこっと跳ねた。

 ――今日は、十二月二十五日。クリスマス。昔々を想って僕達は時間の流れの中を生きて行く。


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