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『テルマ』

タイトル:『テルマ』

監督:ヨアキム・トリアー(ノルウェー)

【ネタバレします!】

親元を離れて都会にある大学に入学したテルマは、敬虔なキリスト教徒として育った。大学でテルマはアンニャという少女に恋をし、夜遊びや飲酒も経験する。しかし、それらの行動に対する罪悪感が拭いきれないテルマ。同時に、度々奇妙な発作に襲われるようになり、医者に診てもらうことにするのだが……。

これ、ホラーかなあ?完全なる青春映画であり、抑圧からの解放やイニシエーションを描いた作品。正直、怖くはない(敢えて言えば、テルマの親がヤバくて怖い)。

テルマには、強く願うと叶ってしまうという特殊な能力があるという設定。テルマの記憶では封印されているが、過去には弟を冷たい湖の中に瞬間移動させて殺してしまった。大学でも、激しい恋心と罪の意識との狭間で苦しむあまりアンニャを消してしまったと悩み、実家に逃げ帰る。

『テルマ』にはキリスト教のモチーフがわざとらしいほどに沢山登場する。キリスト教では忌み嫌われるカラス、テルマがアンニャに性的欲望を抱く度に表れる蛇、「神と悪魔」という言葉、炎、氷、祈り。これが、【厳格なキリスト教的な価値観に抑圧されていた超能力少女が、父親という重しを打破することで自由を獲得する話】なのは明らかだ。

うーん。実はもっと単純な物語なのでは?それが、私の本作に対する印象だ。そもそも、私はテルマの特殊能力自体に懐疑的だ。弟が見当たらなくなると反射的に「テルマのせい」だと思い込む両親。なぜ?祖母にも同じ能力があったから?本当に?「アンニャも私を愛していたと思う」と言うテルマに対して、「違う。お前がそう願っただけだ」と決めつける父親。不自然では?それは、自分には暴力的な能力があり、生きているだけで危険なんだとテルマに思い込ませる暗示ではないのか?

娘に対して身勝手な恐怖心を抱き、暗示にかけ、自発性を奪い、支配する父親。妻もどうやら暗示にかけられていたようだし(足の件)、祖母もテルマと同じ目に遭っていた。悪魔はテルマではない。父親だ。テルマにとって、すべてを支配する絶対的な存在=神である父親は悪魔だった。「キリストはサタン」というテルマの軽口が何度も頭に浮かんでくる。

『テルマ』は、現実と幻想を曖昧に描く。どこまでが事実なのかは分からない。両親のみが目撃した弟の死に様も、誰も目撃していなかった父親の死に様も、本当かどうかは分からないのだ。私は、監督が最初から【特殊能力などない普通の少女が、悪魔のような父親から逃げて、大人になる話】を描くつもりだったのではないかと思っている。いかにもなキリスト教的モチーフの数々や、本当かどうかわからない特殊能力も、【歪んだ親子関係と真の意味での子供の成長】という普遍的なテーマを描くための周到なカモフラージュなのかもしれないなと。

……とまあ、以上は私独自の解釈でしかないのだが、本作がホラーというよりは青春映画(そして恋愛映画)だという点については、共感する人も多いのではないだろうか?北欧ならではの美しくも陰りのある空気感、常に画面を支配する不穏さの中で、激しく鮮やかに噴き出す恋心は血潮のようだ。人生を変えるほどの初恋かあ。幻想的な映像の中で、個性的な魅力を放つテルマを見ながら、私はなんだか羨ましい気持ちになった。

あと、画面の点滅が激しすぎて、目が弱い私にとっては正直ツラすきた。痛くて目が開けられないので、肝心の発作のシーンはよく見えないという……。


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