小説『ヴァルキーザ』第32章(2)

《時間協約》

使用者代表と労働者代表は、下記の条件で労働に関する協約を締結する。
この協約の締結者である両者は、この協約を誠実に遵守しなければならない。

第一条

 使用者は、労働者が労働する権利の確保および労働条件の改善のために団結し、組合を結成し、組合に加入する権利を有し、また使用者と団体交渉する権利を有すること、ならびに使用者に対し同盟罷業等の団体行動をする権利を有することに同意し、この諸権利を労働者に保障することを確約する。
 使用者は、労働者との団体交渉を正当な理由なく拒んではならず、労働者がこれらの権利を行使したこと、また組合員であることを理由として、労働者に対し解雇等の不利益取り扱い、また、差別待遇や支配介入を行わないことを確約する。


第二条

 すべて労働者の賃金の額は、この協約により、時給に換算して、一時間に三千円未満の額に減じてはならないものとする。
 これに併せて使用者は、すべての労働者に対して常に必ず、その健康で文化的な最低限度の、人に値する生活を営む条件を満たすため、労働者の休業中にも、時給に換算して一時間に二千円未満に減じられない額の休業補償金を労働者に支給することを確約する。
 使用者は労働者に対し、賃金を毎月少なくとも一回、期日を定め、通貨で全額を直接支払うことを確約する。
 使用者は、賃金、労働時間、その他の労働条件において人種、性別、信条、国籍、門地、社会的身分により労働者を差別して取扱わないことを確約する。
 使用者は、同一価値の労働に対して必ず男女同一額の報酬を労働者に与えることを確約する。
 使用者は、組合の承認が無ければ、労働者の賃金の変更をしないことを確約する。


第三条

 使用者は、労働者を使用するにあたり、一日の労働時間の上限を四時間とし、その労働時間を包含する拘束時間の上限を五時間とし、また始業時刻を常時一定にし、日出から日没までの時間より外の時間帯において、決して労働者を労働させないことを確約する。
とくに、女性と年少の労働者は、この規定により保護されるものとする。
 労働者に時間外労働を要求することは、一切認めない。
 使用者は労働者に、一日の就業時間の途中に必ず最短四十五分間の休憩を取らせ、また連続三時間以上労働者を労働させないことを確約する。
 使用者は労働者に、一週間に最低二日、少なくとも日曜日を包含する完全な休日を付与し、その日は決して労働者を使用しないことを確約する。
 使用者は労働者に、一年間に最低満二十日の有給休暇を付与することを確約する。
 児童労働の制度は廃止する。使用者は、決して満十五才未満の児童を使用しないことを確約する。


第四条

 使用者は労働者の安全と衛生、健康保持に配慮する義務を負うことを確認する。
 使用者は、労働者に快適な労働環境を確保する義務を負うことを確認する。
 使用者は、労働者に有害、危険な作業を行わせることを回避し、ならびに、作業に支障のある、病気や毒による害の発生の防止に努める義務を負うことを確認する。
 上記の義務を履行するため、使用者は、年少労働者を含むすべての労働者に、雇入時、およびその後定期的に、業務上必要な安全衛生教育および医師による健康診断を行う義務を負うことを確認する。


第五条

 労働災害により疾病に陥り、または負傷した労働者は、使用者の拠出する労働災害保険から、医療の手当て、または特別の補償金を支給されることを、使用者は労働者に確約する。


第六条

 いかなる場合においても、すべての労働者、とくに女性と年少の労働者は酷使されてはならず、また不当に拘束されて労働を強制されてはならず、また奴隷もしくは自らの意に反する苦役に服させられてはならないことを、使用者代表と労働者代表の両契約者は確認する。


第七条

 使用者は労働者に以下の諸権利を確約する。

1、
 労働者は、労働する権利を有する。
2、
 労働条件は、使用者と労働者が、対等の立場において決定すべきものである。
3、
 労働者は、同盟罷業等の団体行動権を有する。
4、
 使用者は、労働争議における組合の労働者の刑事上、また民事上の責任を問うことができない。
5、
 労働者の解雇は、労働争議の有無にかかわらず、必ず正当かつ合理的な理由に基づくものでなければならず、解雇を不可欠とする強い業務上の必要性、および使用者が解雇を回避する手段を尽くしたこと、および解雇労働者の選定の基準が公正で、その基準が合理的に適用されたこと、ならびに解雇が組合および労働者の真正な同意を得たものであることを満たさなければ、使用者は労働者を解雇できない。
6、
 労働者は、失業から保護される権利を有する。使用者は、失業中の労働者に対して、必ず、その生活を保障するために職業安定所を設置し、また、その労働者の人たるに値する生活を営むための必要を満たす、第二条二項に掲げる休業補償金相当額以上の最低保障たる金銭給付を行わなければならない。
7、
 老年、寡婦、片親家庭の親たる労働者、また妊娠中の労働者および傷病労働者は、保護される権利を有する。使用者は、これらの労働者に対して、人たるに値する生活を営むための必要を満たす、第二条二項に掲げる休業補償金相当額以上の最低保障たる金銭給付を行わなければならない。
8、
 使用者は、労働者の表現の自由を保障する。


第八条

 使用者は、組合が指名する組合専従者が、就業時間内において、組合活動に専念する権利を保障する旨確約する。
 また使用者は、就業場所に、その場所を管轄する国の専任の公務員である労働監督官を設置する。使用者は労働監督官に、この協約に定める、労働者の保護規定の履行を確保するよう監督させることを確約する。
 労働監督官は、この協約の実施のために、労働現場と、その所内における労働条件の監視を行う。


第九条 

 この協約の有効期間は、締結の日より三年間とする。
 ただし、期間満了日の一か月前までに、労使のいずれからも改廃の申し入れがないときは、さらに一年間に限り有効とする。
 前項の期間満了日までに新協約が締結されないときは、期間満了後三か月に限りこの協約は有効とする。


第十条 

 この協約に定める事項について使用者は、その改善と向上のために、組合の要求があるときは直ちに、常時誠実に組合と協議することを確約する。
 この協約で定める労働条件の基準は最低のものであるので、使用者がこの協約に定める労働条件の基準を理由に、労働条件をこの協約の条件より高めることを留保し、またはすでに高められた条件を切り下げることは禁止する。
 この協約による合意にかかわらず、組合は、その行動の自由を留保する。


       以上のとおり合意した。

        年 月 日

        使用者代表

        労働者代表  



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