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台湾・邂逅(kai-koh)記 ④完

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成田に到着し、乗客はめいめいに立ち上がり、手荷物を降ろしはじめた。荷物置き場を占領した通路挟んでの迷惑三人女であったが、武士の情けである、オレは三人女の荷物を降ろしてやった。
「ありがとうございますう」
彼女らのお礼に聞こえないふりをしてスッチーの方に向き直った。

「着いちゃったねえ」
「ええ。ところで周りの方はあなたのご家族なんですか」
どうやら後ろに座っていたミチノリ氏とヨネコさんをオレの両親だと思ってたらしい。
「あははは、違うよ。職場の上司と先輩だよ。でもオレのお袋がこんなに若かったら嬉しいけどね」
ヨネコさんは顔を赤らめながら先に降りていった。

「そろそろ降りよう」
「そうね」
オレとスッチーは二人ならんで仲良く機外へ出た。スッチーは黒いタートルネックのセーターにパンツ姿。ベージュのハーフコートを羽織っている。
「この飛行機、今から台湾へトンボ帰りするんですよ」
「大変だねえ。ところで元スチュワーデスの目から見て、現役の人たちを見るとどう思う?『ヨシヨシ、よーく働いてるな』って思っちゃう?」
「そんなことないです。ご苦労さまって思いながら見てますよ」

とうとうオレはツアーの群れから完全に離れ、完全に孤立してしまっていたようだ。それでもスッチーがオレの真横で楽しげに話しかけてきてくれるので退屈はしない。
「ねえ、さっきあなたどんな宗教でも行き着く先は同じって言われたでしょう?
それならあなたと私が死んじゃったら、きっとそこで会えるんですよね?」
おっと、これはキワドイ質問である。
「よくわかんないけど、そうだと思うな。たぶんそうだと…たぶんだけどね…」
「そうですか…」
オレはなぜか照れくさくてその先は話せなかった。

「ところであなたはおいくつでいらっしゃるんですか?」
(あれれ、その類の話題は遠慮していたのにそこを聞くのか)
「オレはいくつに見える?」
「えーと、30才くらいかなあ」
「うひゃうひゃ、ハズレー」
「えー?」
正直にオレの年齢を教えると
「わか~い」
スッチーは目を見張っていた。そして
「主人とそんなに変わらないのに」
と続けてのたまわる。旦那と比較されても、ホントはうれしくなんかないのだが。
「ところで君は?」
「31です」
「干支は?」
「午ですよ。昭和41年だから」
職業病である。すぐに干支で相手の年齢の裏をとってしまう。悲しい。

はたから見れば完全にカップル風情で、検疫では二人一緒の同行者として通過させられ、次に控えた入国審査の大行列を目の前にして立ち止まってしまう。
「君の経験だとどの列に並ぶ?」
「経験なんてあんまりないですけど…こっちに来て」
彼女は一番端の男の審査官の列へ導いてくれた。順番を待っている間も話込んでしまう。

今度は趣味の話題になった。
「バイクってさ、皆で走っても結局一人なんだよ。その時は意識していなくても、後になってから『ああ一人だったんだなあ』って感傷っぽく思い出したりしてね」
「まあ!あなたは人嫌いなのね」
「……」
「でも危ないですよね。バイクって」
「うん、もうダメだって思ったこともある。何回も」
「そしたら半身不随なんかじゃなくて、いっそ死んだほうが楽だと思うな」
「……」
ときどきスッチーの論理についていけない。

スッチーが先に入国審査を受ける。そして彼女は壁の向こうに消えていった。
(ああ、ここで彼女とお別れだったか…サヨナラぐらい言うのが礼儀だったな)
オレも審査官の前に立つ。別に何がある訳でなく事務的に入国が許可される。さてツアーの群れに合流せねば、取り残されてしまう。オレは単なるツアー参加者として気を取り直そうとした。

(あ!)
壁の向こうでスッチーが所在無げに一人ポツンとオレを待っている。
(何も待ってくれる理由など無いのにバカだな…、でも、この過剰な親切さはちょっとくる…)
数分ぶりの再会にうれし恥ずかしだ。

「ね、ホントにあの列だと早かったでしょ?」
「助かったよ」
「私っていつも皆に言われるの。営業スマイルはやめなさいって。こういう職場にいたせいかもね」
「そうかなあ。でも、たしかに笑顔は素敵だと思いますよ」
「そんなことないですよぉ」
お互いに気遣うように階段を降りると、そこは荷物を受け取るターンテーブルの並ぶフロアである。ここで本当にスッチーと別れなければならない。回りの目も気になってくる。

「オレ、ここでお別れするよ」
「あ…」
スッチーがフッと立ち止まった。

「皆が待ってるんだ」
「うん…」
「君も気をつけて帰ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「君がいてくれたから帰りの飛行機はホントに早かったよ」
「そんなことないです」
 オレは走り出してターンテーブルに近づいた。スッチーはオレと少し離れたところで荷物を待っている。どうやら彼女の荷物が先に出てきたようだ。荷物を受け取った彼女と目が合う。
(元気でね…)
お互いに軽く会釈してそれぞれの帰路についたのであった。これ以上彼女を目で追うのも憚られたので自分のダッフルバッグを探すのに専念する。

「ねえねえ、彼女どうしたの?」
とヨネコさんが尋ねてきたので
「元客室乗務員でね。すごく素敵なヒトだった」
「まあ!後ろであなたたちの話ずっと聞いてたわよ」
うひゃあ聞かれていたか、でも聞かれちゃまずい話もしてないから、無問題(モウマンタイ)なのだ。

成田からのバスの中、流れる夜景を眺めつつ、ふと思った。
(やはりスッチーの名前を聞かなくてよかった)
聞くつもりも無かったが、これは気まぐれな神様の采配なのだ。もし神様が本当に必要と考えるならば、いつかどこかで二人を引きあわせてくれるだろうとも考えた。
ま、神様は往々にして多忙であるから、そんなことはすぐに忘れてしまうだろう。世の常としてドラマチックな再会なんてのは、そう簡単に安売りしていないものなのだ。

(人生は意外なところに邂逅ってのがあるもんだなあ…)
肝心の台湾観光より、過剰ともいえるスッチーのホスピタリティの余韻にひたりつつ、オレは闇の中を突っ走るバスの中、田舎に向かって減ってゆく街あかりを数えながら、少しづつ日常の世界へ戻っていくのだった。

(完)


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