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太陽の未知と道。

太陽が生命を照らす位置を変えるとき、今まで日陰にあった世界が日向になって、そこで働いていてくれたたくさんのものたちの姿を目の当たりにすることができる。

生命の根幹を支えているそれらの働きは地味で、奇妙で、平穏に在る時にはわざわざみたくないようなものも含まれていたりするけれど、彼らはそう在る自分を誇ることも、みてほしいと嘆くこともなく、ただ、淡々とそのように世界に在る。

彼らが必要としているのは外側から与えられる強い光ではなく、自分の内に灯る、静かで、揺るぎなく燃えるいのちの光。

暗闇に在るものたちの内側の光が外に出る機会を奪うことなく、自分の内なる生命の火と共にそっと暗闇に佇み、共にあり、扶け、信じ、最初から全ての生命に宿っている祈りとともに在る、静かで、揺るぎなく燃え、世界の再生を担い続ける。

これは、わたしが小さな頃からその姿に出会えたなら、ずっと夢中で観察していた、ミミズ、という生き物をみたときに、ある日知った、彼らの在り方(*^^*)

その時、あぁ、

「100パーセントミミズで生きるって、なんてかっこいいんだろう」

とわたしはおもい、ミミズの光に照らされながら、100パーセントさやかで生きるという光を、自分で生命の奥底に灯したんだ。

この三年間で、ずーっと見つめてきた自分の半分である自然界から、自分の大切なもう半分である人の世界に目が向いたわたしは、たった今、人の世界のなかでのミミズや、菌や、わたしたちの暮らしの土の下にいた人たちの働きを目の当たりにして、そうして、世界がどんな風に繋がり、このように在るのかを、よくみつめる機会をもらってる。

土の下や、また、深海の世界では、普通の人は息もできないことが多いけれど、奥深くて、種を育むようなそんな空間でもあり、また、生命が還ったり、癒されたり、なにか新しいものにつくりかえられたりするような場所でもある。

「ライフライン」

と、人間の世界では呼ぶけれど、深海は出産前のお母さんの子宮で、土の下は腸と繋がっている。

そこに、過去からの記憶を刻み込むように骨髄を内包する木の生えた磐座である骨盤と背骨があって、原始的な生命活動を支える部位と、精神的な生命活動を支える部位にわかれた、脳が接続されてゆく。

わたしたちは、どこに生きているのだろうか?

わからなくなったら、からだに地図を、ちゃんと持ってる。

不安や不満、みえないことへの怒れがある人は、まず、外側のライフラインを意識するよりも、自分のからだのライフラインの声を聴いてみて。

いろんな所に、いろんな働きで散っているそれらの働きは、脳で統合される。

その、統合されるときに、原始的なところと、精神的なところがバランスをとりながら存在するから、いろんなことが生じるけれど、ホメオスタシスは働き続けるから、バランスをとろうとしなくても大丈夫。

そうして、内側のライフラインが整ったら、外側のライフラインは、自然に調うよ(*^^*)

なぜなら、みんな、自分の働きがわかるし、自分が生命のために、与えられることがわかるし、腸や出産前の子宮には、その働きの性質からね、必ず優先的に栄養が到達するように、なっているから(仕組み♡)

呼吸を止めないでいると、火が燃えているのにきがつく。

そっと耳を傾けると、からだのなかに流れるいろんな音にきがつく。

それは、あなたのなかの、自然界の音。

あなたのなかの、仕組みの音。

そうして、その音からどんどん広がり、だけど最奥にあるCOREへと集まってゆくとき、それは仕組みを超えて、宇宙の音となる。

なにひとつ欠けてはいけない

だけど、本当は何もない。

人智は超えてるから、その音のほんとう、を、人間は誰も、理解はできない。

だけど、在るもの。

今、自分のからだの音を聴いてみて

自分の鼓動の音

骨の軋む音

筋肉と脂肪包み

体液が流れる

それらは細胞と水分とミネラルで

電気を帯びて運動する

病を得るかもしれないと怯えてもいい

それは、あなたの精神が訴えていた感情だから

でも、本当は怯えなくていい

なぜなら、本当はもうとっくに病んでいた自分に、気がついたらいいだけだから。

気がついたら、全ては働きなのだと、ただきづくから。

病、という状態を差別しているのは、他ならない自分だから。

息苦しさを得る病が世界を覆ったなら、息苦しさが、あったのだ、ということ。

それは、過去かもしれないし、未来かもしれない。

ただ、今、全力で、息苦しさが、解放されているのだ、というだけ。

それを我慢してたのが、"病"の正体。

だから、例えば今の世の病ならば、

「あー!息苦しかった〜!!!」

と、思いきり、換気してあげたらいい。

全ての細胞が歓喜する。

生きるよろこびを思いだす。

"治る"というのは、そういうこと。

泣いたり笑ったり怒ったり、したらいい

息苦しさから、できなかったこと。

ずっと我慢してたこと。

全ては流れてゆくから、留まることはない。

そして静寂はかえり、からだの音と、宇宙の音が、自分のリズムにかえってくる。

そのとき、あなたは祈りそのものだし、全ての働きに自動的に組み込まれて、それでもやっぱり感情で拒否したり、暴れたり、また病気になったりもするけれど、だんだんと純化されて、粒子にかえっては、世界の働きとして、世界にかえる。

あるがまま、とは、そういうこと。

暗闇に座り、共にある、というのは、そういう、こと。

ここまでが受容編♪

受容は全て、内で起こる。

そして、その受容に寄り添い、在る、最初の能動が、「忍耐」と呼ばれるものだ。

それは、他の人に求めている限りは育めない、男性的な資質。

肉体性別は関係なく、性癖も関係ない。

「STAY HOME」の命令がでたとき(命令、という言葉といろんな感情を結びつけている人が多いので、そのほんとうの音を、言葉を、よく考えてみてね)忍耐、というニーズが、あなたの生命にあるということ。

それにきがつき、実行するかどうか。

女々しいひとはわかるかな♪

「黙ってそばにいて、口を挟むことなく、時々愚痴を聞いてほしい」

あの状態♡

グチグチした本質のない愚痴が、まっさらな本音にかえるまで、愛ひとつでそばに在るのよ。

それが忍耐。

能動であり、受容である自分の、統合作業。

今日は、わたしのホメオスタシスのなかに流れる言葉たちを翻訳してみたよ。

そして、世界はすでに、新しい状態での生命循環に入ってる。

きがついたひとから、行動にうつすでしょう。

日本はきっと、それを国として‥

政府として、じゃないよ。

「政府」という機関すら、pieceのひとつとして。

まず、国民が動き、企業が動き、そしてその働きを国が整理して、手続き形態をシステムとして調え、それが雛形として、形と成る。

そんな流れが働くための素材の全てが、日本には揃っているんだなぁと。

ずっと、わたしがneglectしてきた、「日本」という国とCommunicationをしてみて、そんな風に感じました。

まずは根幹から。

"病んでいたのだ"と、受容するところから。

そこに、肚で座るところから。

生命の全ての働きに心からの感謝を送るとともに、わたしも自分の生命に座り、ココに居ます♪

2020年4月6日 日本

地球に暮らす、さやかより♡



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