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episode3.「私が悪かったと思う?」

(※ 学校名称や人物は仮名で、役職は当時のものです。)

もし、来年度もA教頭が残って学校での仕事が続けられなくなったら…という不安から、民間企業での職探しも始めた。知り合いの会社から一般事務で働かないかと誘われたが、役員秘書も兼務して出張の同行なども出てくるかもしれないと言われた。「出張先でお酒が入って、もしもまたあんな目に遭ったら…」と思うと、不安と怖さでいっぱいになり、せっかくの働き口でも断るしかなかった。

それから間もなく、昼休みに次年度の内示発表が行われた。そこでA教頭が在留する旨を知り、私はその足で校長室へ向かった。「すみません。来年度は非常勤の契約を更新できなくなりました。」と次年度の契約更新を辞退して校長室を後にする。

これ以上A教頭と同じ学校で働けないと退職を決めたのは私だけど、どうして乱暴しようとしたA教頭が残って、被害を受けた私が学校を離れなければならないの?私が受けた性被害をこのまま黙っていることが本当に正しいの?

今まで向き合わないようにしてきた思いが抑えきれなくなりそうになり、この時に初めて、ふつふつと込み上げてくる悔しさや怒りを感じた。

教室へ戻る途中で耳に止まった子どもたちの声。他愛もないおしゃべりと子どもたちの屈託のない笑顔に、はっと我に返る。

私のやるべきことは最後まできちんと授業を行うこと。とりあえず自分の仕事をやり遂げようと自分に言い聞かせた。

3日後、学生時代の友人たちが7人ほど集まるランチに誘われた。半数は県外から帰省している友人で、せっかくだから集まろうということになったのだ。その中にはハルもいて、夏にエリが言ってくれた「もしあすかが話せそうだったら、ハルにも話してみたらいいかも。以前、ハルもそういうことで悩んでいたから。」という言葉を思い出した。

ハルは昔からあったかくて、信頼できる。ハルになら話せるかもしれない。

30代に入ったばかりの私たちの話題は専ら仕事と恋愛についてだった。県外の違う業種で働く友人の話は刺激があり、聞いているだけでもたくさんの学びがあった。「仕事も恋愛も、可視化って大事だよね。とりあえず書き出してみて整理するって大事。」そんな話を聞きながらも頭の中に浮かんでくる「ハルに話してみる?でもタイミングないかも。どうしよう。」という思いばかりが何度も何度も頭を巡っていた。賑やかで、終わりが惜しくなるランチ会もお開きになり、思い切って「ハル、私が送ろうか。」と声をかけた。「いい?ありがとう。」ハルがそう言って、車の助手席に乗り込む。2人きりなら話せるかもしれない。

車の中では、ランチの続きのようにとりとめもなくおしゃべりをした。言いだすタイミングをつかめずにハルの家がすぐそこまで近づいていた。

いきなりこんな話したらびっくりするよね。もうハルの家に着いちゃう。どうしよう……。

言いだそうか迷っているうちに、家に着いてしまった。駐車場に車を停めた瞬間、
「あすか、来年度の仕事はどうするの?」と突然ハルが聞いた。今だ!と思い、私は慌てて
「あのね、ハル。聞いてほしいことがある。」と言った。家に着いた後で「聞いてほしいことがある」と言った私に、一瞬彼女が驚いたように見えたが、すぐにいつもの笑顔で
「うん、聞く、聞く!あと2、3日はこっちにいるからまた連絡するね!」と言ってくれた。

ハルが車から降り、手を振って別れた。
「ちゃんと伝わるように、聞いてほしいことをまとめよう。」と決め、家路についた。

それからすぐにハルからラインがきた。
「送ってくれてありがとう^^」
「こちらこそ。あのね、聞いてほしいことって、職場のセクハラみたいなことで悩んでて。」
「なるほど、私も経験ある。その時に作ったファイルがあるから送るね。ご参考までに。」
「ありがとう。私も書き出してみる。」
「うん。でも結構きつい作業だから無理しないようにね。」
「分かった、ありがとう。じゃあ明後日ご飯食べる時に持っていく。」
「うん、じゃあまた明後日ね。」

すぐに彼女が送ってくれたファイルに目を通した。

うわ…。ハルにもこんなことがあったんだ。
なるほど。時系列に、こういう感じでまとめると分かりやすいんだ。よし。

それから私はとりあえず記憶していることをまとめ、ハルに見てもらう資料を作った。
途中、何度も涙が出てきて吐き上げそうになったが、それからの二日間はインターネットで見つけた被害届のフォーマットを参考にしたり、教育日誌を振り返ったり、ラインを見返したり、とにかく必死でまとめあげることに没頭した。フォーマットを検索した時に出てきた「※誇大表現や嘘の内容を織り交ぜないよう注意を払い作成すること」の文に、自分の言動も、A教頭の言動も、私の覚えている事実を記さなければ、と思った。

ハルとの約束の日、事件をまとめた資料を持って食事に出かけた。席に着き、メニューをさっと見て、注文を済ませると同時に、どきどきしながらハルに資料を渡す。

ハルはどう思うかな…。ハルは昔から読むのが速いのに、資料に目を通している時間が長くゆっくり感じる。

ハルの目線から、そろそろ最後の辺りを読んでいるはず…と思い、意を決して聞く。

「あのさ、…私が悪かったと思う?…正直に…落ち度としてはどれくらい?」

おどおどと尋ねる私に、間髪を入れずハルが答える。

「ない!」

資料から目線を上げ、私をまっすぐ見てハルがそう言った瞬間、私の目から涙がこぼれた。

「あのさ、これは一人で解決できる問題じゃないと思う。あすかが嫌じゃなかったら専門の人につなぐよ?」

資料に一通り目を通し終えたハルは、私に起こった事件を冷静に受け止め、最良の判断をするために適切なところへ繋がるよう促してくれた。

私たちはすぐに食事を済ませると、ハルの付き添いで、相談窓口へとそのまま向かった。

友人たちがいなければ、ずっと誰にも打ち明けられず、一人で苦しみ続けていたと思う。
「助けてくれてありがとう。」と、今もハルやエリには感謝の気持ちでいっぱいになる。

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