読むことで、ブレーキをかける
文章を読むのが好きです。書くことも好きだけれど、はじまりは“読む”だった(はずだ)からか、やっぱりわたしは読むことが好きです。
活字中毒とまでは言わないけれど、子どもの頃は、朝食を食べながら子どもでも読める新聞のコラムを読んでいたり、牛乳パックの側面にある“牛乳の豆知識”みたいなコラムを読んでいたりしていました。
ご飯を食べるのが極端に遅い子どもだったので、読んでいるところを見つかるたびに叱られていたっけ。
“読むこと”は、知識を得るためでもあるし、おもしろさを感じたいからでもあります。
でも、わたしにとっては、そのベースに、まず“自分を取り戻すこと”がある気がしています。
わたしは表裏がないタイプだと思っているのだけれど、外では過剰に元気でいてしまう癖があります。本当にテンションが高いときもあるけれど、反射的に元気な自分でいてしまうことがあるのを否定できません。
そうした自分でいる時間が増えてしまうと、だんだん“そうじゃない”自分との間が離れてしまって、苦しくなってきてしまう。
オーバーヒートを起こしそうになっているのに、止められなくなってしまう。
読むことは、そんな自分のズレを正してくれる。
きっと、自分のペースで読めるからかな。何にも作用されず、読み手にスピードが任されている文章は、読んでいて心を落ち着かせてくれるものだと思います。
最近、創作方面で好みの文章に出会って、ほう、と息をつかせてもらったところです。
走り過ぎて速度が超過したハムスターの歯車は、時に意識的に止めなければいけないのだなあ、なんて思っています。
お読みいただきありがとうございます。サポートいただけました暁には、金銭に直結しない創作・書きたいことを書き続ける励みにさせていただきます。