【小説】図書館の檻をさがして

 ぼおおっと鈍い音が響く。影が揺らめき、少女は微かに肩を震わせた。しばらくあたりを伺うように瞳を左右に動かして、ほうっと小さく息を吐く。溜息に合わせるようにして、炎が踊るように揺らめいた。光が動くことで、闇が一層色濃く存在感を示す。深夜零時。光も音も、すべてが眠りについていた。

 木造の古びた図書館の床はひんやりとして、少女の素足の温度と混ざりあいながら境目を曖昧にさせていく。足の裏で感じるすべすべした感触が好きだった。少女は足をできるだけ持ち上げず、擦るように歩く。左足首に付けられた鈴を鳴らすと、主に気付かれてしまうからだ。

 右手に握られているのは、言いつけられた掃除中にガラクタの山から見つけた小さな燭台だ。慎ましやかな蝋燭が灯す炎が、少女の姿を橙色に照らす。慎重に燭台を動かしながら、少女は書棚に並べられた背表紙を追う。

 少女は文字が読めない。手掛かりは昔見た濃紺の布張りの表紙と、そこに彫られた今手に持つ燭台とよく似たマークだけだった。

 会いたい。閉じ込められているはずのあの人に、会いたい。

 少女は丁寧に背表紙を目で追っていく。しかし、目当ての本は見つからない。少女の背丈の倍はあろうかという書棚のすべてに本が隙間なく並べられ、書棚自体の数も多い。森のように立ち並ぶなか、少女は音を立てぬように気を配りながら、毎夜一台ずつ蔵書を調べていった。

 コツン、

 ふいに図書館の外で小さな音がして、少女は身体と書棚との間に燭台を隠すようにして耳を澄ませた。心臓の音のほうがうるさくて、少女は浅い呼吸を繰り返す。

 どうやら、主に気付かれたわけではなかったらしい。おおかた、夜風に飛ばされた枝が窓にぶつかりでもしたのだろう。

 もうすぐ今夜見る書棚が終わる。今日もまた外れだったのだろう。床にしゃがみこんだ少女は、目を皿のようにして背表紙を丹念に見つめていく。最後の一冊まで見終えると、少女は下唇を噛んで瞳を伏せた。

 確かにあの日、濃紺の表紙の本に閉じ込められるところを見たのだ。だから、きっと彼はこの部屋のどこかにしまわれている。

 少女は立ち上がると、そろりそろりと摺り足で図書館を後にする。少女の朝は早い。早く寝床に戻り、少しでも睡眠をとらなければ。

 ごつごつした石床を歩き寝床に戻ると、少女はふっと息を吹きかけて炎を消した。蝋燭の残りもどんどん少なくなっている。果たして、蝋燭がなくなるまでに本を見つけられるだろうか。そして、もし見つけられたとして、その先はどうすればいいのだろう。どうすれば彼を救えるのだろう。

 少女は眠る。粗末な寝床で、肌ざわりが良いとは言えない毛布に身をくるんで。窓辺からは、満月が少女の寝顔を照らしている。リーンと涼やかに虫が鳴き始める。夜はまだ、明けない。


【今回のお題】「図書館」「ランプ」

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