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⑯さわやか高校球児・青春くん[連載/ボクっ娘のなれの果て、還暦を迎える。]

前の「還暦」投稿からすでに2年が経っており、父の死→コロナ禍→母の認知症→不景気・仕事激減で経済的ピンチと怒濤のように月日が流れているワケです。

しかし、全体的に見れば何一つ変わっておらず、毎日平凡に一人自由気まま状態。ありがたい。

そんな日々のなか、62歳にして、またまた新しいことを始めたのです。

フリーランス(自営業者)として長年働いてきて、ここに来ての超不景気。いや、もう10年ほど前から収入が低くて、貯金が少しずつ目減りしていた。そして、ついに貯金の底が見えてきた。「ヤバイ!」というか、還暦越えて、この計画性のなさは何だ? いや、自分責める時間があったら働かなくては! と思い、スーパーマーケットのバイトに申し込んだ。

編集者や文筆家としての営業は、神経をすり減らされる。そこらへんの編集長よりも年上になっちゃったら使いづらいことこの上なしらしい。昔、仕事をしたことのある担当者はみんなどこかへ行って音信不通。だいたい出版業界全体が不景気でナナメになっているのに、こんな年寄りに仕事が回ってくるはずもない。

以前から編集者やライターをやりながらいろんなアルバイトをやってきた経験があるので、アルバイトにも抵抗がない。そうは言っても新しい業種・職種は緊張もするし、不安も大いにある。書店員をやってみた約10年前と違って、体力もなくなってきてるし、仕事の覚えも悪そうだ。でも、ビンボーな一人暮らしの年寄りは働かなくては生きていけない。すでに崖っぷち。

関東圏内で増えてきた都市型小型スーパーのバイトに申し込み、面接を受けた。その後、トレーニングセンターで研修(マニュアルがしっかりしているし、研修もすごく良かった)を2日間受け、近所の店に配属になったのが7月下旬。そろそろ丸2ヵ月が経とうとしている。

こんなご時世だし、守秘義務が山のようにありそうなので、詳細は省く。しかし毎日、体を動かしての労働は楽しい。いつもPCの前にずっとしている仕事だからかもしれないし、新しいことを始めて脳が活性化されているからだと思うが超楽しい。

毎朝5:30に起きる。そして、6:20には家を出る。
お店のシャッターを開け、鍵を開け、ユニフォームのエプロンに着替えたら開店準備だ。朝の9時までが早朝シフトである。

ちなみにココのエプロンと三角巾が好き。ドラマ『きのう何食べた?』に出てくるスーパー中村屋の無口だけど仕事ができるおねえさん(只野美歩子)みたいで素敵なのである。

早朝シフトは他の時間帯よりも時給が少し高い。編集者・文筆家としての仕事は、スーパーのバイト後にできる。スーパーの仕事が休みでも毎朝5:30に起きて習慣づけるようにしている。歳が歳なので疲れが取れない、腰が痛いなど、体にはきているが精神的苦痛はあまりないのがすごくいい。

このお店にはいろんなバイトさんがいて、時間が合えば他の店からもシフトに入れるシステム(詳しいことは言えないぞ!)。バイト・パートさんで一番多いのは学生さん。次に主婦。私は還暦越えているにも関わらず、年相応に見えないことを良いことに(?)毎朝、しっかり者の女子高生にお仕事を教えてもらっている。毎日1個へまをして、反省する。そんな日々にも早起きにもようやく慣れてきた。

さあ、ここからが本題だ(相変わらず前フリが長い)。

私と同時期に入った高校3年生の男の子がいる。
彼の名前は、仮に「青春くん」としておこう。
青春くんは、身長が180㎝ぐらいで、がっちりした体型。真っ黒に日焼けしている。
絵に描いたような高校球児だ。高3なので夏休みが終わると野球部の部活からは引退らしい。だから、坊主頭が少しだけ伸びてきている。常に笑顔がさわやかな男子なのだ。

青春くんは、お客様がいないと、よく話しかけてくる。お喋り好きだ。ちゃんと真面目に作業もこなす。初対面は挨拶だけだったが、1週間後、2回目に会った時は楽しそうに話しかけてきた。

「仕事どうすか? 僕、この1週間でめっちゃ仕事できるようになったっす!」と嬉しそうである。

青春くん「●●駅のそばに新店舗ができて、僕、オープニングスタッフに借り出されてたんです」
魚住「え?どこにできたの? 丸源ラーメンの方向?」
青春くん「もっともっと先の方っす。自転車で30分はかかります」
魚住「へぇー。オープンしたばっかだとお客様たくさん来そうだね」
青春くん「どの時間帯も常に混んでて、レジめっちゃ大変で、すごい鍛えられたっす!でも混んでるとスタッフもお客様もイライラしてて、なんか雰囲気悪くなっちゃって。少し怖かったっす」
魚住「この店は比較的にヒマだもんね」
青春くん「この店に来るお客様はみんな優しいから好きっす!」

この時は、人懐っこくてお喋り好きな男子だな、ぐらいに思っていたが、会えば会うほど、青春くんの魅力が溢れ出てくる。

ある日のシフトは朝9時まで働いたら、いったん帰宅して、また15時頃に出勤という変速シフトだった。青春くんは今日も真っ黒になって自転車をかっ飛ばして出勤だ。

青春くん「魚住さんは早朝シフトっすか。僕はその時間、部活してきました!」
魚住「3年生って部活引退じゃないの?」
青春くん「そうなんすけど、後輩のために早朝からノックしたり夏休み練習に付き合ってきたっす!」
魚住「おおー! ひと汗かいてきたのねー」
青春くん「汗は、いったん家に帰ってシャワー浴びて流してきたっす! 清潔っす!」
魚住「お、おお……ところでさ、高校卒業後の進路とか決まってるの? 大学とか?」
青春くん「専門学校に進学するっす! 理学療法士になりたいっす!」
魚住「理学療法士っていうと……」
青春くん「リハビリする人になって困ってる人を助けたいっす。あと、どこにどんな筋肉があって、とか、ここをこうすると曲がるとか、人体の勉強にすごく興味があるっす!」

ある時、出勤したら初めて見る女の子がめっちゃ怒っていた。聞けば、募集のあったシフトに申し込んでこの店に来て働いたら(チェーン店なので他店からの助っ人OK)シフト間違いで、余ってしまったらしい。青春くんと魚住と不機嫌女子の3人でこの時間帯を働かなくてはならない。本当は帰っても良かったのだが、彼女は「せっかくここまで来て1時間働いたから帰るのはイヤです」と3人体制になってしまった。

すごい怒ってる。ずっと機嫌が悪い。バックヤードに回って、冷蔵室の中でずっと飲料の品出しを黙々としている。猛暑なのに冷え冷えで状況悪化だ。表情に丸出しだけど、この段階で何言ってもダメだからそっとしておこう、ぐらいに考えていた。

すると、青春くんが小声で私に話しかけてきた。
青春くん「あの人、なんで怒ってるのかな?」
魚住「シフトに間違いがあったみたい。帰っても良かったけど、そのまま作業続けるみたい」
青春くん「もったいないっす!」
魚住「へ?」
青春くん「怒って不機嫌な顔してるのはもったいないっす!お客様にも伝わっちゃうし、もっとニコニコしていた方がみんな気持ち良くなれるのに……ツンケンしてるのはもったいないっす!」

女の子同士ならこの会話はひそひそ話の類いである。本人に聞こえないようにコソッと裏で言うぐらいのもの。

ところが、青春くんは本人に投げかけたものだから非常にビックリした。

店内の冷蔵庫の清掃をして回っていて、お客様がいないレジに戻ったら、女の子と青春くんは並んでレジに入っており、2人で談笑している。

え? あの子、笑ってる?
見れば、青春くんたら一生懸命、彼女を笑わせていたのである。

何の話題で彼女が笑ったかは分からないが、青春くんが喋ればケラケラと笑う。
私の姿を見ると青春くんが私にも話しかけてきた。
青春くん「今、言ってたんすよ、むすっと不機嫌にしてたらもったいないって。せっかく可愛いのにニコニコしていた方がいいっす、って」

おお、あんた、それは裏で言うひそひそ話。それを本人に伝えたのかい。
今回は機嫌が直ったから良いようなものだが、一つ間違えば危険な行為である。すげーな、青春くん。女の怖ろしさ、まだまだ知らないね。

「もう機嫌が直ったのか」と思って私が話しかけたら再びムスッとして表情が元の木阿弥。
なんだよ、おばさんが話しかけたらあかんのか。女心がわからないのは私の方か。

なーんて、思っていたが、最近になってパートの主婦の皆さんと青春くんの話題になってわかったことがあるのだ。

主婦の皆さんにとてつもなく評判がいい青春くん。「理学療法士になるために専門学校に進学」という話も伝わっていた。

主婦Tさん「あの子のお母さん、お医者さんなの知ってる? この前、この店に買い物に来たの」
魚住「へー、すごいね。あんな良い子に育つなんてすごい子育て成功って感じがする。医者継がなくていいのかな」
主婦Tさん「あの子ね、両親に敬語使ってるみたいだよ」
魚住「ホント?」
主婦Tさん「お母さんの会計レジを息子がやったんだけど、お母さんに食材を持ちながら『僕の分はありますか?』って聞いてた。かわいいねー」
魚住「昭和を通り越して、明治時代の親子関係?」
主婦Tさん「なんか、彼の家系とか一族とかって医者や看護師とか多くて、代々『どんな職業についてもいいけど、人の役に立つことをしなさい』っていうのが家訓なんだって」
魚住「だから、理学療法士なのか!」

だから、不機嫌な女の子を笑わせていたのか!

ただの、さわやか高校球児だと思っていたが、結構深いな青春くん。
そういえば、会って2回目ぐらいの時に何かの拍子に「仕事が全然おぼえられなくて、メモをとってるけど、それでもへましちゃう」という話をしたことがあった。

その時、「記憶力がやばいんだよね、もうおばあちゃんだし……」と言ったことがある。
還暦越えてるし、62歳でおばさんはすでに図々しい。「おばあちゃん」には見えないけど、実質おばあちゃんだし、と思って言ったのだが、青春くんは一瞬悲しそうな顔をして優しく言った。

「卑下して言わない方がいいっす。おばあさんじゃないっす。真面目な人っす」

優しいな青春くん。こんな男の子には会ったことがなかった。

これからもまだまだ青春くんから目が離せないのだ。

▲「あびばのんのん」Tempalay

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