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連載 ボクっ娘のなれの果て、還暦を迎える。第5回:TUGBOAT代表・岡康道さん追悼

「虫の知らせ」と言うには少し遅かったかもしれない。
この連載エッセイを書き始めてから記憶を辿ることが多くなったが、ふと思い出して「TUGBOAT」と検索してみたら、この記事がヒットした。

『訃報:TUGBOAT 岡康道さん、ご冥福をお祈りします』

『TUGBOAT代表であるクリエイティブディレクター 岡康道氏が、2020年7月31日に多臓器不全のため逝去した。享年63歳。』

もう1カ月以上経っている。ちょっと驚いて、しばし呆然としてしまった。夜中に部屋の中を意味もなくグルグルと歩き回る。他の記事ものぞいてみる。
「……ご病気だったのか」

岡康道さんには一度だけお目にかかったことがある。インタビューをさせていただいたのだ。憧れのクリエイター……とても貴重な機会になってしまった。ほんの1時間程度、お話をうかがっただけだが、岡康道さんは本当に素敵な方だった。

その時の話の前に、岡康道さんのお仕事の紹介を少し。先述の記事から引用させていただきます。

■1999年7月、川口清勝氏、多田琢氏、麻生哲朗氏と共に、「TUGBOAT」を設立した。岡氏は以前に月刊『ブレーン』のインタビューでTUGBOATを「物語」に例え、「最初の4人が第1章。だからここは触れられないし、変えちゃいけない部分」と話している。
■「TUGBOAT」は従来の広告会社のようにメディアコミッションをとらず、企画・制作を専門としてクリエーティブ・フィーだけで成立するべく、日本初となるクリエイティブエージェンシーとしてスタート。以降、TUGBOATに追随し、これまでの広告会社とは違う在り方、クリエイティブを追求するクリエイティブエージェンシーが日本に次々と誕生した。
■TUGBOATで岡氏はクリエイティブディレクター、CMプランナーとして数多くの仕事を手がけた。
■これまでの仕事に、サントリー「南アルプスの天然水」「DAKARA」「ペプシ桃太郎」、セガ・エンタープライセス「企業広告 湯川専務」、富士ゼロックス「企業広告」、富士フイルム「企業広告」、東日本旅客鉄道「トレイング」「大人の休日倶楽部」「JR SKI SKI」、湖池屋「コイケ先生」、フジテレビジョン「私を笑え。」、トライグループ「家庭教師のトライ 父の夢」、ゼロ「プロバイダーゼロ」、日本テレコム「J-PHONE」、大塚製薬「カロリーメイト ワカゾー」、積水化学工業「セキスイハイム」、大和証券グループ「グループ企業広告」、大和ハウス工業「企業広告」「xevoΣ」、東日本電信電話「企業広告365日」「おまかせデータレスPC」、NTTコミュニケーションズ「OCN」、NTTドコモ「ドコモ2.0」、「企業/ひとりと、ひとつ。」、「企業/Style’20」、日清食品「ラ王」、ライフカード「カードの切り方が人生だ」、住友生命保険「1UP」「dear my family」、日本中央競馬会、資生堂「企業広告」、トヨタ自動車「VOXY」「ハリアー H.H」、Sansan「企業広告 面識あり」、サッポロビール「黒ラベル 大人エレベーター」、全国都道府県及び全指定都市「LOTO」、ダイハツ工業「ムーブキャンバス」など。
■これらの仕事で、クリエーター・オブ・ザ・イヤー、アジア太平洋広告祭金賞・銀賞、ADC賞、TCC最高賞、ACCグランプリほか多数受賞している。
■TUGBOATの仕事の多くは、岡氏を中心に長きにわたるクライアントとのパートナーシップから生まれており、映像のクオリティの高さ、何気ない日常を映しだしたものから時代の先陣を切る表現まで、多様なクリエイティブは常に注目を集めた。

私は編集の仕事に就く前に、広告関連の仕事に就きたくて、デザイン系専門学校に通いながら、「宣伝会議」の「コピーライター養成講座」(昔は久保田宣伝研究所、略して「クボセン」と呼ばれていた)や四谷三丁目にあった「CMディレクター講座」などで学んでいたことがある。
1980年代は広告やコピーにスポットが当たり、広告業界の仕事は憧れの職業となり、就活の競争は激化していく。

当然、大卒でもない私が太刀打ちできるわけもなく撃沈してしまう。でも、ずっと広告は大好きで、毎年11月上旬に開催される「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」(名称変わってた!)に行く年もある。

だから、TUGBOATが設立された時はとてもドキドキした。そして、この本は今でも宝物だ。

『岡康道の仕事と周辺』 (Director and Designer SCAN #3)■六耀社

平成13年か14年頃だったと思う。ひょんなことから、ある雑誌でTUGBOATの岡康道さんのインタビューをしてほしいと頼まれた。通常であれば、インタビューから原稿のライティングまで全部一人で行うのだが、「インタビューだけお願いしたい」という変則的な依頼だった。テープおこしをして、原稿をまとめる女性はフリーライターでも何でもない未経験者。編集者の姪っ子が「家で、好きな時間にできるから」と気軽に始めるらしい(あと、ミーハー気分)。編集部からの指示なので従うしかない。当日同行するので失礼なことを言わないかハラハラした記憶がある(とにかく無神経だった。まず連絡や待ち合わせ段階でやらかしてくれたが割愛)。

憧れの岡康道さんに対面した時にまず度肝を抜かれた。

とてつもなく格好良いのである。

私は普段はイケメンだの二枚目だのダンディだのブランドもんとかに全く興味がない。それよりも昭和の終わり頃から取材していると、「初対面のおっさんはまず怒鳴る」というお約束パターンにウンザリしていた。社長もしくは部長クラスに多い。たたき上げだか何だか知らんが、相手の出方を見たり、その場の主導権を握るために、挨拶もそこそこにまず怒鳴る。怒鳴り散らす。名刺を破く。説教をする。

そんな低次元のおっさんからはほど遠い、格好良いオトナが目の前に現れたのである。

ブランドものとおぼしきスーツを着こなしながらも無頼派っぽい佇まい。決して偉そうじゃない、自然体のリーダーシップ。スポーツマンというのがすぐにわかる。スマートな体育会系。芯が太い感じ。画像検索したら、お目にかかった時期に近い写真が見つかった。

圧倒された。「こんな素敵なオトナっているんだ……」

もちろん岡さんは怒鳴ったりしない。威張ったり、上からモノを言ったりもないし、格好つけてるわけでもない。当たり前の話だが、ちゃんと会話のキャッチボールができるのがとても嬉しかった。そして、自分の仕事史上一番のインタビューになった。それは全て岡康道さんのお陰だ。

岡康道さんとの会話で一番盛り上がったのは「プロバイダーZERO」CFの話題だ。
当時のTUGBOATの仕事の中でも、全てのCMの中でも一番好きだった。
私がそう言うと、急に声を弾ませて「本当? 本当に? 嬉しいなぁ〜!」と笑った。

【プロバイダーZEROとは】「ZERO」は2000年7月にゼロ株式会社によってサービス提供を開始したプロバイダーサービス。基本接続料金が無料なことから人気を博し、同年11月には会員数100万人を突破、プロバイダーサービスとして認知される。

現在ではプロバイダーという概念がないのでピンと来ない人も多いかもしれないが、当時はインターネットに接続するためにはプロバイダー契約をし、プロバイダーに毎月料金を支払わなければならなかった。それが無料になるなんて驚きだった。「どうやって企業として成り立っていくんだ?」って話題騒然。

そのサービスのCMがこれだ。シリーズで計6作。
YouTubeってつくづくありがたい。アップしてくれてる人もありがとう。

「プロバイダーZERO」ジョニーボーイ1~6(TUGBOAT)

まるで1本のアメリカ映画を観たかのような感動と満足感。全てが最高だった!
日本人が、気鋭の広告集団がスティーヴ・ブシェミという俳優を起用し、アメリカ映画を撮ったのだ。長さなんて関係ない。短編でもない。最適な長さだ。シリーズ第1作を見た時にとても興奮した。ビデオ録画に何度もチャレンジしたのも憶えている。YouTubeで公開されている映像が劣化しているのは仕方がないが、当時ものすごく美しい映像だった。

岡さん「具体的にどこが一番気に入った?」
私「光と色です。光って難しいですよね。派手な色づかいのようで実はとても微妙な配色だと思います。繊細な日本人にしか出せない微妙な色合い。もちろん、全体の構成もテンポもセリフも演出も全て素晴らしいですけど」
岡さん「わかる? わかってくれる? 嬉しいなぁ。すごく嬉しいよ」

岡さん、私も嬉しかったです。私のつたない感想を、喜んでくださってとても嬉しかったです。

その時、盛り上がっていた会話に突然、私のミーハー無神経な同行者が割って入ってきた。本当に突然……だった。
「岡さんって血液型、何型ですかぁ〜?」

(はぁ? お前、今なんて言った? この会話に関係あるか、それ? 空気読めや!)多分、私は鬼の形相をしていたと思う。ホント、こういう女と仕事したくない!

ところが、岡さんはやっぱりオトナである。
「血液型? B型だよ」
「あー! やっぱりー! B型って凝り性なんですよね」
「ふうん。そうなんだ」
(ちなみに、私もB型ではあるが)

岡さん、すみません。本当にすみません。無知って本当に怖い。いや、逆に無敵かも! 私は恥ずかしくてしょうがなかった。

……でも、今思うとちょっと笑えてくる。

あの、岡康道さんに広告とかアメフトの話じゃなくて、血液型を聞いたバカ女……(笑)。その後、この女とは二度と会わなかった。

岡康道さんにも二度とお目にかかれなかったが、たまに思い出すことがある。
仲間たちのことを楽しそうに、嬉しそうに「あいつら、すごいんだよ」って笑いながら自慢している岡康道さんの笑顔を。
世界一格好良いオトナの姿を……。

岡康道さん、ありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。

この下の動画は「KEIRIN」のCM。めっちゃカッコイイから見て!

―349日:還暦カウント
それでは、また次回。

『勝利とは何だ その1 90秒CM』(TUGBOAT)


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