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おもひでぽろぽろ③どこでもチーズケーキ[母が認知症になりました。]

前回お伝えしていた帰省準備の大きなテーマは4つ。
その1:Wi-Fiを何とかしよう!
その2:新幹線(往復)の予約
その3:バスク風チーズケーキを用意せよ!
その4:作ったミートローフを食べさせたい!

その1はなんとか解決したので、次は新幹線の予約。指定席は取れなかったが、北陸は近い。1980年頃は自由席もいっぱいで、片道8時間ほどずっと立っていたが、若かったせいでそんなに遠くには感じなかった。3時間ぐらい何とかなるだろう。

その3の「バスク風チーズケーキを用意せよ!」だが、ワケわからんだろう。まぁ、簡単な話だ。これは母へのお土産である。弟一家への菓子折はまた別に用意している。「バスク風チーズケーキ」は特別なのだ。

2021年1月に帰省した時には母もまだ元気だった。
父の三回忌の後、2人っきりでタクシーに乗り、とんかつを食べに行って、その足でココスに向かった。
ココスで、珈琲と「バスク風チーズケーキ」を注文してあげたら、一口食べた途端、目をまん丸にしていた母。

「こんなおいしいの初めて食べた」

私は泣きそうになった。基本的には可愛いおばあちゃんなのだ。天然ボケで、以前はそれを指摘すると顔を真っ赤にして怒った。

「わたしはボケとらん!」

天然ボケの意味を教えてあげたけど、ピンときていなかった。
そして、本当にボケちゃったんだね。笑い話にもならないよ。

母は昭和10年生まれ。この世代で、田舎に住んでる人は子どもの頃から働きづめで趣味を持っていない人が多い。特に第一次産業従事者(農業や漁業、林業)。「趣味なんて金持ちの道楽者がやること」「遊んでばかりでごくつぶし」なんてイメージだったろう。母だって何の趣味も持っていない。しいて言うなら父が無理矢理に連れて行ってくれる旅行が楽しみぐらいだろうか。それも大勢で行くバスツアーだ。

私はといえば幼い頃、体が弱く、「旅行にはほとんど連れて行ってもらえなかったなぁ」と思い出す。そして、虚弱体質ゆえに3日に一度は熱を出して、その度に母親に背負われて医者に通っていた。そして、帰り道にこっそり本屋さんに寄って、好きなマンガを買ってもらえた。

「お母さんの子どもの頃は本なんて買ってもらえなかったから。おまえには読みたい本を買ってあげるよ」

母がこの頃に本やマンガを買ってくれたから今の自分がある。
引っ込み思案で人見知り、無口で母以外とは喋られなかった子どもの頃。本やマンガが友達だった。
だから寂しくなかった。本を読んでいるところを父に見つかって、ぼこぼこに殴られても本を読むことをやめなかった。

そして、大人になって本をつくる側になった。学歴がなくたって文章は書けるし、本もつくれる。マンガ制作の場に居ることができる。

それもこれも母親のお陰だ。母が本を与えてくれて、逃げ場所を作ってくれて、未来の道を開けておいてくれたからだ。今さらだけど、お母さんホントにありがとう。

そんな母が行ったことのないファミレスで、初めて食べるバスク風チーズケーキを「おいしい」と言って目を細めている。喫茶店やカフェなんか行ったことがない田舎のおばあちゃん。

また連れて行ってあげたい。でも、連れて行くなんて難しいことになってしまった。だから、お土産でもいいから「バスク風チーズケーキ」を食べさせたい。おいしいものは記憶の扉を開けると言うではないか。

しかし、近場でホールの「バスク風チーズケーキ」は手に入らず、今回は「北海道チーズケーキ」をお土産にすることにした。母は生まれも育ちも北海道だからいいかな。スペインのバスク地方なんて行ったことないし、コジャレてオサレなスイーツ(それも風味!)よりも素朴でいいよね。

どっちにしても…おぼえてないよね、きっと。

後から知ったのだが、伊勢丹新宿店まで足を伸ばせば、「バスクチーズケーキ」(このチーズケーキは「バスク風」ではなく、紛れもなく「バスクチーズケーキ」!)は地下階にあったのだ。白金高輪のバスクチースケーキ専門店〈GAZTA〉だって。近場で済ませてはいけないね。

また弟とLINE電話した際、いくつか分かったことがあった。
Wi-Fiの件もその一つだが、他にもいくつか。

現在、母の認知症の度合いを市役所の人が見てくれているようだ。これで、介護や介助レベルが判明するらしい。

私が実家に行くのは大晦日。弟一家が温泉一泊旅行に出かけるのは元日で、2日の昼過ぎに戻ってくる。なるほど、母とは丸24時間2人きりなのか。そんなに大変でもなさそうだ。

その間、弟の嫁が作ってくれたお雑煮とお煮しめを温め直して食べること。
実家にいる間、母の隣のベッド(亡くなった父のベッド)が寝床になること。

着替えも食事もトイレもまだ介助なしでできるから「見てるだけ」「一緒にいるだけ」でいいから、と言われる。

あ! 気づいた疑問を弟に何気なくぶつける。
「そういえば、その間、お風呂はどうしよう?」

うちの実家の地域は港があり、昔から下水道完備がされていないから各家庭に浴室が設置できない。設置すると排水も溜めておく設備も必要なので設置にかかる費用も大きくなる。だから、結婚を機に設置した浴室は弟一家の棟にはあるが(私も含めてこの地域の人たちは昔から銭湯通いが普通)母と私が過ごす棟にはないのである。
認知症の母をお風呂に入れるのも大変そうだ。でも、やらなきゃ。

と考えていると、弟の呑気な大声がスマホから聞こえてきた。

弟「3日ぐらい風呂に入らんでも大丈夫やろ」
私「え?」
弟「年寄りは冬そんなに汗かかんから、3日ぐらい入らんでも平気やろ」
私「……あのねぇ」
弟「ん?」
私「私が入りたいんだよっ!」

これだから、おっさんは無神経なのである! ぷんすか。

母が認知症になりました。離れて暮らしているので、介護を任せている後ろめたさが常にあります。心配、驚き、寂しさ、悲しさ、後悔、後ろめたさ。決断と感謝と孤独。感情的にならずに淡々と書きますが、時々泣きます(笑)。一人暮らし還暦クリエイターによる☞脱力記録です。不定期で綴っていきます。

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