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「食べる音楽」リターンズ

No.11 川魚はお好き?

明るい小川で
嬉しそうにすばやく泳ぐ
気まぐれな鱒が
矢のように通り過ぎてゆく。
私は岸辺に立って
澄みきった川の
魚の元気な泳ぎを
くつろいで眺めていた。
F.P.シューベルト<鱒>より

 先日、東京都下の料亭へ食事に行った時のこと。山の自然をうまく取り入れた広大な敷地には数寄屋造りの離れがいくつも建てられており、四季折々に移ろう木々の彩りを愛でながら頂く料理の数々は、澄んだ山の空気と相まって格別であった。その日の献立には、お造りとしてコイの洗いが登場した。聞けば長野県佐久のコイだという。そう言えば上信越自動車道を走っていると、コイのイラストが描かれた佐久市の看板が目に入る。千曲川の清冽な水が育てる佐久のコイは、川魚界におけるひとつのブランドらしい。

 千曲川では遊漁期間が設けられており、季節になると釣り人たちが流れに入って釣り糸を垂れている光景があちこちで見られる。獲れる魚はアユ、イワナ、ヤマメ、ニジマス、コイ、フナ、ウナギと様々だ。ハヤ(ウグイ)の産卵の習性を利用した「つけば漁」と呼ばれる伝統的な漁も行われる。川の中に人工の産卵場所を作り、そこにあらかじめハヤを入れた「種箱」を沈め、その匂いで集まったハヤを獲るのだそうな。

 そして、この「つけば」やその他の方法で獲れた川魚を、河原に設営した小屋で調理して食べさせるのが「つけば小屋」だ。東京湾と九十九里浜を遊び場にして育った筆者には「海の家の河原ヴァージョン」という表現が一番しっくりくる。ここでコイの甘露煮やらアユの塩焼きやらを肴に、酒をダラダラと飲むのがオジサマたちの夏の恒例行事なのだろう。

 前回ご紹介した信州国際音楽村隣の菜園レストラン"ル・ポタジェ Le Potager" である日、なんとはなしに、つけば小屋での食事体験についてシェフと雑談を交わした。すると次の来店時、普段は舌ビラメやタチウオなどで作られる魚のメインディッシュが、アユのムニエルになっているではないか!まさしく千曲川で釣ってきたものだそうな。トマト、ニンジン、ナス、オクラ、パセリ、インゲン、タマネギ、ローマ風ブロッコリー、バジルなど、菜園レストランの名にふさわしく、たっぷりの野菜が添えられたその一品は、まさしく信州の自然の恵みが凝縮した傑作であった。

 その後再び店を訪れた際には、なんとコイの赤ワイン煮が登場し、またもやフレンチ・レストランで川魚料理を堪能することとなった。ルネサンス・イタリアの宮廷料理にも「コイの煮魚」は登場するが、こちらのお店の料理には、16世紀にまだ食されていなかったマッシュド・ポテトが添えてあり、スパイスと甘みの効いたソースとの相性も抜群であった。こうなったら千曲川に生息する魚を全種類、順次胃袋に収めてみるか。

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