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「百字物語」(元にした作品:百物語の伝承)

 役所から届いた封筒を面倒なので放っておいたら、会社帰りにワゴン車に押し込められて拉致された。
「な、な、なんですか」
「あなた、政府からの書類を放置されたでしょう。近頃こんな人が多くて困る」
 スーツ姿の男は俺に目隠しをして車を走らせ、倉庫のような建物の狭い一室に押し込めた。
「文字を書いてください」
「は?」
 殺風景なデスクと椅子が置かれた室内は刑事ドラマの取り調べ室のようだ。差し出されたのは、昔懐かしい文字の書き取り帳が一冊。
「ひらがな、カタカナ、漢字。日本の文字で。単語にならなくて結構。このノートを文字でいっぱいにしてください。書き終えたら解放します」
 スーツの男はそれだけ言うと部屋の隅の椅子に腰掛けた。こっちは内心
(なんのこっちゃ)
である。
 もっと説明を求めたい所だが、役所からの封筒を無視したのはこちらなので引け目はある。しかし、一番気になる点だけ聞いておきたい。
「あ、あの。書き終えたら解放って、書くまで帰れないってことですか」
 おずおずと聞いてみた。スーツの男は無表情で答える。
「はい。今21時半です。明日も通常通り出勤したいとお考えでしたら、早めに済まされたほうがよろしいでしょう。急いでも書き殴ったりされないように。読めない字はカウントしません。中には漢字の一をひたすら書いて済ませようとする方もいらっしゃいますが、そういった行為は不正とみなします。思いつく限り極力同じ文字は避けてください」
 こちらに拒否権は一切無いといった態度である。
 俺は仕方なく鉛筆を手にした。
 
 とりあえずカタカナと平仮名で50音を書いた。違反になるか分からないが小文字の「ゅ」「ょ」や濁点の付いた「が」なども入れた。漢字は「一」「二」の漢数字から始めた。楽をしたいのが人の性。次に画数の少ない「人」や「山」など、とにかく思いつくままに書いた。
(一体なんだってんだ)
 時に鉛筆を止めて考え込む。耳を澄ませると似たような物音が何処かから聞こえる。
(お仲間か。封筒を無視していたのは俺だけじゃないらしい)
 トイレをもよおすとスーツの男が同行して連れて行ってくれた。
 廊下の先には女性用トイレと多目的トイレの入り口もある。
 部屋に戻るとデスクにペットボトルのお茶と菓子パンが置いてあり、男が
「書類上では食品アレルギー無しとなっていますが、間違いありませんか」
と確認した。
(書類上?健康保険のデータか何かで分かるのか)
 相手は政府、さもありなん。 
 
 俺が大人しく指示に従うのは、相手が政府の機関らしいこと、スーツの男が無愛想ながらも丁寧なこと、何よりも俺の勤務先がブラック気質で理不尽な要求には慣れていることがある。
 ともあれ俺は3時間ほどで書取り帳を文字で埋め、男の検閲も許可が出た。ブラック勤めの俺は知っている。ミッションをやり遂げた後の上司は若干口が緩くなる。今なら聞き出せるかも知れない。
「ところで、私が開封しなかった封筒には何が入っていたんでしょうか。今後の参考の為に教えてください」
 スーツの男は
「選挙制度が変わったことのお知らせです」
と短く答える。
 次に、書き取り帳の意味を聞こうとしたのだが
「では車でご自宅までお送りします」
と遮られ、それ以上の事は聞き出せなかった。車中で男は
「素直に聞いてくださってよかったです。中にはゴネて時間を無駄にする方もいらっしゃるので。ですが今回の措置にも国民の皆様の税金が経費として掛かっておりますので、今後は届いた書類には必ずお目通しください」
と俺に丁寧な釘を刺した。
「はい、お手数おかけしました」
 俺は車を降り、アパートに帰ってため息をフゥ。
「やれやれ、おかしな経験だった」
 無視した封筒を探して中を見てもよかったのだが、ラーメン食って風呂入って寝た。
 
 翌朝。
 身支度を済ませて部屋を出ようとすると、昨夜と同じスーツの男がドアの外に立っていた。
「お迎えにあがりました」
と頭を下げる。
 また今日も拉致されるのかと身構え、アパートの下を見たが、停めてあるのはワゴン車ではなく黒塗りの高級車。
 男はビシッと緊張した面持ちで俺に言った。
 
「選別された有権者から無作為に収集した文字をAIにより人名に並び替え、
新たな選挙制度の下であなたのお名前が選ばれたのです。任命式がありますのでまずは皇居へご案内します。では参りましょう、山田太郎重政左衛門介佐清市之進雅治総理大臣やまだたろうしげまささえもんのすけすけきよいちのしんまさはるそうりだいじん
 
 ああ、親が妙に凝った名前をつけたおかげで。好きに休めない、プライバシーもない、適当にサボることも出来ない、何かしでかしたら国民全員に袋叩きに遭う。
 俺は今日、最高にブラックな職業に転職した。

(使用画像は写真ACより、トゥトゥベラ様の作品)

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