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「恋について」(与謝野晶子「みだれ髪」より一首の二次創作:恋」

やは肌のあつき血汐にふれも見で
さびしからずや道を説く君

鳳 晶子(与謝野晶子)みだれ髪 より


「なぁ。好きだったらセックスせんと変?」
 夏休みに俺の部屋に遊びに来ていた友人が突然のたもうた。
 冗談かと思いきや、相手は本気らしい。
「お前、彼女出来たんか」
「うんにゃ」
「なんだよびっくりさすな」
「いや俺じゃないんだけどさー、昨夜遅く姉ちゃんがおかんと話してたの聞いてよ」
「え?女子大生のお前の姉ちゃん?」
「うん」
「お前んちって身内の前でそんな話すんの」
「いやいやいや。台所で話してるの、通りすがりに聞いてもうた」
「なんかこう・・彼氏に迫られて困ってるって話?」
「いや。彼氏が迫ってこないから悩んでるって話」
「へ」
「おかんのアドバイスが、『さりげなくボディタッチしてみろ』」
「うわ〜〜聞きたくねぇ〜〜」
「俺も50前のおかんの口からそんなん聞きたくなかった」
 友人が遠い目をする。と、真面目な顔になり
「でも俺も考えてみたんだけどな。俺もしかしたら、そんなにセックスに興味無いか分からん。面倒臭くねえ?」
「いや、そっちの欲求あるだろ」
「だからだから。自分でする方が効率的じゃん。彼女作ってあれこれ段階踏むのも面倒だけど、キスして触って押し倒してあれこれするのが面倒。させてもらえるまで相手の機嫌取るのも面倒」
「お前クソか」
「いやー、女性を馬鹿にしてるわけじゃないんだよ。彼女が居たら楽しいかなってこともあるよ。話が下半身になるとうっとおしい。それで俺は考えた。将来俺に彼女や嫁が出来たら、生活の面倒は見るから、子作りだけ誰かに頼めないかって。そん時はお前、頼むな」
「コラコラコラコラ・・・」
 友人がそれなりに真顔なのが怖い。
「お前頭良いけど変なとこあるよな」
「ぶっちゃけ俺は頭良い。多分良い大学行って良い会社に就職出来る。独身でも全然平気なんだけど、家族を構成してみたい気持ちはあるんだよな。お前、俺の代わりに俺の嫁と子作りしてくれ。礼はするから」
 高校生の夏、俺は友人とそんな馬鹿な話をした。
 ところが時代は俺たちの予想を遥かに超えてきた。

 大学の頃、世界的に感染症が流行って他人との接触が禁じられた。
 恋愛なんてとんでもない。同性異性年齢問わず、手を繋いで歩くことすら出来ない。しかしながら感染症で激減した人口を増やすべく、各国政府は対策に乗り出した。すなわち・・・

「おー、久しぶり」
「おっす。元気かーって、元気だな」
 俺たちは社会人になった。
 今日は久しぶりにオンライン飲み会。バイタルが画面に表示されるので、互いに健康状態がチェック出来る。目の前にはデリバリーで届いた同じメニューが並んでいる。
「お前、もう13人目が生まれるんだって?」
「ああ。人気者の精子は辛いな」
 健康な成人男子は月に一回精子の提出が義務付けられている。健康な卵子と受精して出産。生まれた子どもは母親と離されて育成専門機関通称ベビーランドへと送られる。
「高校の頃お前が話してたみたいになったよな。セックス抜きで家庭作りたいって言ってただろ」
「でも今の制度じゃ『俺の子』って感じがないな。実際誰とも会ったことないよ。今は母親、父親って死語らしいぜ」
「高齢者も感染症対策で隔離されてるから、おじいちゃんおばあちゃんの概念もないらしいな」
「実際なー、生活の殆どが家の中で済んじまうもんな。健康管理システムがなかったらえらい太ってただろうな」
 今は、少しでも太るとデリバリーがストップされてしまう。
 もしくは精進料理みたいなメニューしか注文出来なくなる。
「なあ・・・」
 程よく酔いが回った頃、友人が遠い目をした。
「俺、割と良いとこに就職できたし仕事は好きだし。多分出世も出来るし。順風満帆だ、恵まれてるなーって思う。たださぁ。最近人生を振り返るわけよ」
「おいおい、まだ三十代だろお互い」
「まぁな。でも俺試算してみたんだよ。仮に今すぐ感染症のウイルスが絶滅しても、蔓延する以前の生活にはもう戻らない。人間の意思疎通する能力が衰えてしまっている。俺なんか高校の頃から変わり者だったし、友達ってお前位しかいない。元からコミュニケーション能力に劣ってた自覚はあるんだ」
「でも仕事上では付き合いあるだろ」
「相手のバイタル見ながら話してる。今、顔出さない奴も多いだろ。声も顔も変えられるしな」
「ん・・・・まぁそうだな」
 俺は画面越しに友人を見た。昔とあまり変わらない。細身でメガネ。少し神経質そう。変わってるけど根は優しい。良い奴だ。俺は知ってる。
 友人は照れくさそうに、カメラから目を逸らせて言った。
「今更、変なこと言うけど。俺いっぺん位、恋してみたかったな」
「え?」
「あ、あのさ。子ども13人作っといて何だけど、そこに恋愛要素って欠片も無いし。その・・・昔の映画や小説みたいな恋愛って、やっぱり楽しいもんなのかなぁ・・って」
 友人のそんな言葉を初めて聞いた。
「ちなみに、どんな相手がいいんだよ」
「話が合う人なら・・・俺の収入があるから、仕事はどうでも。性的嗜好は一応女みたいだ。あまり派手じゃない人がいいな・・・」
 友人は突然我に返った。
「す、すまん!変なこと言ったな。忘れてくれ!!ちょっと飲みすぎた!」
 俺は暫く黙ってから、
「・・・友達からでよければ、紹介しようか」と言った。
「え?」
「お前は人見知りだけど、俺の紹介ならなんとかなんねぇ?」
 友人は可笑しい位に慌てた。
「お、俺なんか・・え、でもダメもとで・・じゃあちょっと時間くれよ。なんかもっとマシな服買うから」
「悠長なこと言ってんじゃねぇ。今繋げるからそのまま待機しろ」
 俺は画面を切り替える。
 数分後。
 友人が緊張しながら挨拶をする。
「は、初めましてっ。あの、突然で、すみません」
 俺も画面を見ている。スプリットビューに友人の顔と髪の長い女。
 女が口を開いた。

「ばーか。俺だ俺」
「・・へ・・・?」

 しかし流石頭の良い友人。すぐに
「あぁ!?なんだよお前か!アプリで女性化しやがったな?ったくよー!」
 照れて損した、という顔。
「ばかやろ。逆だ、今加工を解除した。これが今の俺だ」
「・・・は・・・?」
 今度は俺が照れる番。声の加工も解除して、普段の話し方に戻した。
「・・・整形前に画像撮っておいて、それを動かしてたの。声もね。ずっと会ってなかったじゃない。これが今の俺・・じゃなくて私」
 私は少しずつ話す。
 人と会わない間に自分を見つめ直したこと。
 思い返せば小さい頃から性自認に違和感があったこと。
「考えたんだよね。ずっとこのままで生きていいの?って。だから、自分が自然でいられる形に変えたの。正直いまだに、自分はどっちなのかどっちでもないのか、はっきり言えない。少なくとも八割方は女だと思うよ。どうかな。女友達第一号としては、ちょうどいい練習相手じゃない?」
 友人は呆然としている。
 人間関係の修練が未熟な友人には突然過ぎただろうか。
 かなり長い間考え込んでいた。
 あまり黙っているのでマイクの故障かと思った。
 そして、パッと眉間の皺を解いたかと思いきや、友人は叫んだ。

「結婚してくれ!」

「は?」
「考えてみりゃ昔から、俺が会いたい、話したい、一緒に居たいと思った相手はお前しかおらんのだな!理解した!これは恋だ!だから結婚してくれ!」
「は?は?は?」
「俺は馬鹿だったなぁ!なんだ俺、ずっと恋していたんだ!お前にな!」
「お、落ち着いて!だから私まだ曖昧だし、その、あなたと普通にお付き合い出来るかどうか」
「どうでもいい!この世に存在してくれるだけでいい!俺は理解した!お前を愛してる!」
「・・・・」
 私は呆れてもう何も言えない。
 ただゆっくり、ゆっくりと頬が染まっていくのが自分でも分かった。


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