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唐突な隠蔽

夫と一緒に部屋の大掃除をしている際、本棚裏の埃を取ろうとした時だった。
埃取り用の伸縮モップが何か固い物に触れた。
なんだろうと思い、なんとかこちらに手繰り寄せてみる。
CDであった。
そのCDケースには見覚えがある。
「どうしたの?大丈夫?」
固まっていた私に夫が声を掛けてきた。
「何でもないよ」
私は咄嗟に夫に見られないようにそれを隠した。

掃除がひと段落つき、夫は飲み物を買いに出かけた。
彼は私がこれを隠したことに気がついていなかっただろうかとずっと気が気でなかった。
しかし、どうしたことだろう。
このCDを見ていると数々の思い出が蘇ってくる。
ついCDプレイヤーに入れて再生してしまう。

昔まだ私が学生だった頃、私は様々な虫の鳴き声を録音することを趣味にしていた。
色々な場所に出掛けては虫の声を集め、自分の集めた音を聴くとなんとも言えない安らぎを感じることが出来たのだ。
だが彼に会って私はその趣味を捨てた。
一生懸命オシャレを勉強したり、流行りの音楽を聴いたりするようになってすっかり虫の声を聴く時間はなくなってしまった。
何となく私はこの趣味を彼に知られたくなかった。
ダサかった以前の自分とはさよならしたつもりだったのだ。
そして、彼と結婚出来ることになった時あの私のCDコレクションは全て捨てたつもりだったのにどこに紛れ込んでいたのだろうか。
でも、やっぱり落ち着くなぁ…
ガチャ
ドアが開く。
彼が帰って来たことに気が付かなかったのだ。
「これがさっき隠したCDの中身?」
狼狽する私。
すぐに再生停止するがもう遅い。
「気付いてたのね」
「うん、なんだかそれを見つけてから様子もおかしかったしね」
「ごめんなさい、あなたにはなんとなく知られたくなかったの」
「虫の声を聴くなんて風流な趣味じゃないか、何も恥ずかしがることなんてないよ」
「えっ…」
彼の優しい言葉を聞いて私は今までの自分が恥ずかしくなった。
彼は私のことを受け入れてくれるのに勝手に恥に感じて隠して、今までの自分は馬鹿みたいだ。
「しかし俺たちって結構似たもの同士だよな」
彼が笑う。
「どういうこと?」
「実はさ、俺もこっそり持ってたCDがあるんだよ」
「そうだったの?
どんな内容なの、聴かせてよ」
私はとても穏やかな気持ちで尋ねる。
「ちょっと待っててね、あったあった」
自分の部屋から持ってきたそのCDを再生する夫。

そのCDには古今東西、老若男女の多種多様な人間の断末魔の叫びが収められていた。

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