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変化してゆく方言ブレンド

高校生のころ、「なぜおとなより同級生たちの方が方言が濃いんだろう?」というのが素朴な疑問だった。

単純に考えて、生きている年数が長い=使っている年季が違うという図式から、方言は年を重ねるごとに濃くなってゆくのが道理ではないかと、当時私は考えていた。だからクラスメイトたち、特に「ギャル」と呼ばれていた賑やかなグループの娘たちほど、強烈な名古屋弁を用いておしゃべりしていることに私は首を傾げた。
しかし、今ならその理由がわかる。
親御さんの影響ももちろんあるとは思うが、コミュニティが限定されている10代に比べて、おとなになれば色んな土地に行ったり、敬語を常用したり、蓄積された言語情報がブレンドされてだんだん純粋な方言が薄まっていくのである。

私の両親は共に愛知県の出身だが、そこまで濃厚な名古屋弁ではない。特に学生の頃横浜で下宿していたという父の語尾は「~だわ」(名古屋弁)と「~じゃん」(横浜弁)が併用されている。影響を受けて、母も若干その傾向にあると思う。

ところで、名古屋弁といえば有名な政治家がいるのをたぶん皆さんもご存じだと思うが、あれは名古屋弁フルスロットルだと思って欲しい。地元の人でも「~しよみゃあ」とか「どえりゃあ」などを常用しているのは、代々自営業を継いでいる店主さんとか、一部の稀な例である。

実際の名古屋人が身近な相手に使う方言だと、例えば「あんた」がある。ちびまる子ちゃんがお母さんに怒られるときの「あ\んた(高→低)」のアクセントではなく、名古屋では「あんた ̄(平板型)」のアクセントで使う。他県民の方にはきつく感じられるかもしれないが、私は会社員時代、パートの奥様方から「今日はお昼あんたどうする?」などと親し気に呼びかけられていたし、以前私の祖父が、高校の合否通知をポストから取り出し、封を切らず2階の私に届けて
「まあ、あんたのことだから受かっとると思うけど」
とぶっきらぼうに言ってくれた時の「あんた」の優しい響きを、私は今も覚えている。

大学進学を期に金沢へ引っ越したことで、私の言語環境は一気に混沌とした。

金沢には「金沢弁」がある。「~しまっし」(しなよ、してね)とか「~げん」「~がいね」などねじれたり濁音になる語尾が多く、地元出身の女の子が使っていると非常に可愛い印象だったが、他県民が使うとわざとらしくなってしまう、使いこなしが難しい方言であった。
しかもこのとき私が出会ったのは金沢弁だけではなかった。

そのほとんどが県外出身者で成り立っていた私の大学では、在籍した専攻25人のうち「北海道・愛知・石川」の出身が偶然4人くらいずつまとまっていた他は見事に全国バラバラだった。方言なんてもうしっちゃかめっちゃかである。インパクトが強く目立っていたのはやはり関西弁(それも京都大阪兵庫などブレンドされている)だったが、本物の関西人の前で関西なまりは恥ずかしいという意識があったため、うつらないよう逆に標準語っぽいしゃべり方が当時私の通常モードになっていた気がする。それなのに、実家の母と電話で繋がった途端「ほんやくコンニャク」を食べたみたいに自分の口から滑らかな名古屋弁が飛び出すのが可笑しかった。

名古屋へ戻り、地元企業で働き出すとパンチの効いたパートさんたちの「でら(すごい)名古屋弁」をふたたび浴びる日々。自分は社員だし随分年下なので敬語で話すことが多かったが、あらためてやっぱり地元の言葉って耳心地がいいなあと思った。

その後転職して、私の「方言ブレンド」に新たに加わったのが、岐阜弁である。

岐阜弁は、ところどころ関西弁に似ている。語尾に「~やん」とか「~やろ」もよく使われるが、何となく私の耳には関西弁の「~やろ。」の言い切り方に比べて、岐阜の響きは「~やろぉ、」と少しおっとりして聴こえる。また、岐阜独特の語尾でいえば「~やよ」の登場回数は非常に多い。
ただ、私のまわりに今いる人たちはさほど強い訛りではないので、語尾以外はわりと標準語に近い。というか、名古屋も岐阜も同じ東海圏なので単語に関しては共有している部分も多く、それを今更「方言」だと気づいていない言葉が日常に多々あるのだと思う。

これまでどの土地に居てもさほど地元の言葉に染まらなかったつもりの私だったが、さすがに10年も岐阜に勤めていると岐阜弁がつい出てしまう。

「うーん難しいけど、それはやったらいかんことやよね」。

みたいに。
方言を使うとなんとなくマイルドになる感じがして、雰囲気が重苦しい時や、負の感情が高まった時などに特にポロリと出てしまう。4コマ漫画を描くときも、職員たちの岐阜弁をナチュラルに登場させられるのは個人的に楽しい。


ちなみに先週のクイズ、たぶん名古屋弁だと思うけれど私がふだん多用している言葉。「かいとかんとかん」の意味はなんでしょう。

答えは「かいと(書いて)かんと(おかないと)かん(いけない)」

でした。


ああ次の原稿も、締め切り前に早よかいとかんとかんわ。





今週もお読みいただきありがとうございました。方言に限らず、言葉ってものすごく影響を受けやすいですよね。『鬼滅の刃』をまったく観たことないのに、自分の口からぽろりと「全集中」という単語が出てきた時はビックリしてちょっと恥ずかしかった(笑)。メディアの影響ってすごいなあ…。

◆次回予告◆
久々!『今日も私服がネコの毛まみれ⑪』トムとジェリーの近況報告。

それではまた、次の月曜に。



*この中にも無意識の方言が含まれている…?他のよみきり話はこちら。↓





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