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(美大日記㉓)狭い街/3度目のスケッチ旅行

2000年代。まだ新幹線が開通する前ののんびりした石川県金沢市で、美大に通いながら、ひとり暮らしの日々を綴った『美大時代の日記帳』。
プライバシー配慮のため、登場する人物・建物名や時期等は一部脚色しておりますことをご了承ください。
それでは、開きます。


狭い街

ストーブ当番が初めて回ってきた。

ストーブ当番とは、裸婦モデルさんを毎日描かせていただくウチの学校ならではのルールで、裸になってくれるモデルさんに合わせて、当番者が早めに来てアトリエ内を暖めておく役割のことである。もう4月だけれど。
1年の頃から存在したはずのストーブ当番がなぜ今頃初体験なのかというと、私の在籍するクラスは非常にルーズな者たちの集まりで(無論私も含む)そんななかひとり、真面目で優秀で画力も出席率も素晴らしいUさんがさぼりがちなストーブ当番に代わり、いつのまにか毎日つけてくれていた。教授にも「こんな学年は初めてだよ」と呆れられた。というわけで、いつまでもUさんに甘えるのはよくないのでちゃんと来た次第である。
ライターで着火するタイプの灯油ストーブで、使い慣れないライターに四苦八苦しながらもなんとか点いた。ライターの擦り過ぎで指が真っ黒になった。

午後の授業は1個だけだったので、新しい服を買いたくて繁華街へ向かった。るんるんと、並木道へ続く信号を渡ろうとしたその時、クラスメイトのS君(特別仲良くもないが普通に会話する程度の仲)が、向こう岸で彼女と手を繋いで歩いているのに気づく。邪魔するのも悪いし、気まずいので進路変更。

いや、待てよ。

向こうは多分、あのまま並木道を進むだろう。とすると目的地は恐らく私と同じ香林坊こうりんぼう(金沢の繁華街)…。
くそう。狭い街・金沢め。
回り道をしても結局同じで、兼六園坂で再びかち合いそうになり、気をつけてまた、回り道。タテマチストリートをすぐに出ず、うつのみや書店で時間稼ぎをする。瀬戸内晴美の小説を立ち読みしていたら面白かったので買ってみた。そうして、じゅうぶんと思われる時間を空けて目的の服屋さんに入った。
服も靴も財布もかわいい。もう1着試着しようかなあ~と思ったけれど、後日にして、当初の目的だったアウターだけを買う。
「ありがとうございましたー」という声を背中に、耳にイヤホンをつっこんで、地下にある店から地上へと階段をあがる私。すると前方から、こちらに向かって客が降りて来る…。カップルが…。
あああ。

「あ、ども」
「あ、ども」

まったく同じ3音を発し、S君と私が会釈してすれ違う。
今日はとことんそういう運命だったらしい。
良かった、もういっこ試着しなくて…。


3度目のスケッチ旅行

どういういきさつかわからぬが。
なぜかふたりはもめていて、そんなに悪いわけじゃない私が、立場的にやられないとその修羅場は終わらないという雰囲気が周囲を包んでおり、最終的に、多くの人々が見つめるなかで、私は彼に往復ビンタを3連続でお見舞いされた。
ピリリリリリリ!
ピリリリリリリ!
ピッ……。

「………」

頭を動かす。
ぼんやりと、すでに空いた布団とまだ寝ている数人のクラスメイトが映る。
(ここは…長野、白馬、スケッチ旅行……。)
頭の中に認識が広がる。窓の外、本日はどうやら快晴である。

毎年行く、美大の恒例行事・スケッチ旅行。今年は長野県の白馬だったのだが、昨日は生憎の雨で、ずっと友人たちとトランプしてた。下山したのは、夜の酒の買い出しに出たときだけ。
Uさんは5時起きで、すでに描きにでかけた模様。私は寝坊助組と宿の朝食(ザ・和食)を食べたあと、布団を片付けて部屋を出た。

お昼前には場所を決め、道具を持ち込んで作業着に着替えて描きだした。風はないし、蟻もそんなに多くないし、昨年や一昨年のスケッチ旅行と比べたら随分条件は良いのだが、ひとつだけ。遮るものがない上に、山という標高の高さからいつもより俄然至近距離でぶち当たるこの太陽光線が、暑すぎる!!

あまりの暑さにじっとしていられなくて、ふらふらと散歩に出た。宿の裏の、林の方へ行くと日陰になってて丁度良く、気持ち良い。
前方からS君が歩いてくる。
「え……それ、素足?」
私の足元を見て彼が驚く。一見石田純一スタイルの素足にローファー風な私だが、
「や、スニーカーソックスなんだよこれ。ほら」とちゃんと履いている短い靴下を見せてあげた。が、多分そういうことじゃない。つなぎの作業着を膝までたくし上げ晒している、私のナマ脚を彼は言ったのだ。
「だって暑いじゃーん」
「え、寒いよこっち」
こっちは暑さから脱出したくて逃げてきたというのに!?
山は色んな顔を持つ。

私はそのまま林の道を行き、制作中のクラスメイトを何人か通過し、だんだん奥の方へと進んだ。誰にも会わなくなっても黙々と歩いた。山を流れる水を見て、しばらく立ち止まったりもした。
林を抜けると道路に出た。
結構大きな道路で、車もたまに通る。その車に気をつけながら、道路の端っこを歩いていた私は、なんとなく思い立って携帯電話をとりだし、Eメールの受信ボックスをどんどん下っていって、先日振られた相手から受け取った過去のメールを残らず全部消去した。

思い出って何なんだろう?

山を歩きながら私は考えた。同じく片恋に悩む友人から、振られたとはいえデートをしたり、おしゃべりをしたり、色んな思い出があるだけ羨ましいと以前言われたが、思い出があるから、頭の中で再生できる映像があるからって、何なんだというのだ。そんなもの、妄想とどれほどの価値の違いがあるのか。
それによって今の私が幸せな気分になることは全くないし、夢の中で3連続ビンタまでくらわされたのに。

午後6時ぎりぎりで宿に戻り、皆とごはんを食べた。「1日目が描けなかったのが大きいわ」と真面目なUさんが嘆いている。広い部屋がないので、各部屋ごと教授たちが講評しに回ってくるのを、またトランプをしながら待った。その後の宴も、今年は我々が先輩で、同行したのが1年生だったので(毎年1&3年、2&4年生コンビ)去年までのような大騒ぎにはならず、各自でのんびり楽しんで、午前2時頃に寝た。

3日目の最終日は、午後1時半頃には宿を出た。途中のサービスエリアで実家にお土産でも買おうかな~とふらついていたら変なおもちゃのケータイが売っていて、じっと見ていたらクラスメイトのD君も同じものを見ていて、手に取ってみた。ボタンを押したら「メールが来たよ!」といきなりケータイがしゃべったのでびっくりした。こういうものを馬鹿にせず、
「面白いね」
と素直に褒めるD君はやはり、アイドル的素質を持っていると私は思う。

夕方学校にバスが到着し、各自解散になった。何があったのか、それともなかったのか、向かいのアパートに住んでいるクラスメイトのRさんと一緒に帰っていると、Rさんは「世界に絶望した」とつぶやいた。
なんと言えば良いか分かりかね、
「同じ旅行にいっても、人それぞれ感じることは、全く違うよね」
と応えると、「うん、ほんとに」とRさんがうなずく。

なんだかそんな気分になり、自分のアパートの部屋に帰るやいなや、人生で初めて、眉毛を全部剃ってなくして、カレーの具材を買いに近所のスーパーへ出かけた。





今週もお読みいただきありがとうございました。もう、やることなすことハタチ全開すぎて失笑です。後日、いきなり眉毛無し(描いてもいない)で学校行った私に教授もビビってました。
宇佐江noteで不定期連載中のこの美大日記。他記事とは温度感が違うので、ハシヤスメ的に軽い気持ちでお楽しみください。

◆次回予告◆
美術館ハシゴ旅初、お泊り&ヒコーキ!さてどこへ!?

それではまた、次の月曜に。


*本文で登場するスケッチ旅行、2年生の時のお話はこちら↓


*美大時代の日記帳。バックナンバーという名の生き恥はこちら↓


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