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【小説】『朝焼け』

その塔から見る朝焼けに向かって願いごとをすると、願いが叶うそうだ。

岩だらけの山頂に、誰が何のために建てたのか分からないが、急な山の斜面を乗り越えると、こじんまりとした古い塔が山の上に建っている。山小屋といったふうでもなく、まるで山の上の灯台のようだ。

山のまた向こうに、幸せがあると夢見るのと同じで、この塔から見る朝焼けへの願いごとだって、眉唾物だと思っていた。

まともな道もない、朝まだきの山道を車で登る。

ごとごととしきりに揺れる車内で、危うく舌を噛みそうになりながら、昔あの塔を建てた人は、なぜわざわざあの場所に建てようなどと思ったのだろうと思う。

ハンドルを取られそうになりながら、歯を食いしばってアクセルを踏み続ける。

山自体はそれほど大きくない。

小一時間ほど車を走らせると、真っ暗な山頂にたどり着くことができた。

日の出前に間に合ったことにほっとしながら車を出ると、春先とも思えぬ真冬のような冷たい空気が、身体中を刺すように染みる。一瞬にして身体が凍りつく。

車なんてほとんど乗らないから、今日の車はレンタカーで軽自動車だ。乗る車種を間違えたかもしれない。

山向きの車を持つ、友達か誰かの車を借りた方が良かったのか、今回の軽自動車のレンタカーにして良かったのか。山道を乱暴に走ったから、車体のどこかに絶対傷がついている。レンタカー会社からの請求が怖かった。

時計を見るとちょうど6時。

日の出は6時20分頃のはずだから、まだ時間がある。

外で待つのも、車の中で待つのも同じだと思いつつ、車でぬくぬく待つのが願いごとに対して違う気がした。

寒さに足踏みしながら、イヤーマフをしてくれば良かった。もっとカイロを持ってくれば良かった。ガチガチと歯が鳴る。こんな所にくるんじゃなかったと頭をよぎる。寒すぎる。

でも、と。

あの人の顔を思い浮かべる。

寒さよりも、もっと遠いところ。

苦しいよりも、もっと遠いところ。

呼吸をさせるための機械に繋がれて、強制的に呼吸をしている。

もうあの人には意識がないのだ。

時間がないのだ。

この世にいつづけること自体が、苦しいのだ。戦いなのだ。

それを自分は、もう一度目開けてほしいと思っている。

先進医療が無理だということを、こんな眉唾物だとか自分で言ってしまうやり方でも、実現できないだろうかと願っている。

もはや非現実的な方法に頼るしかない、叶えられない願いごと。こんなところで、勝手のいい、滝行のような願いごとをしたところで、叶うかどうかなんて分からない。

むしろ、ベッドの傍で手を握っていることの方が、ずっとずっと後悔が少ないかもしれない。

あの時なんで山なんかに行ったんだって、絶対思うに違いないのに。

遠い空が、次第に濃紺色からオレンジへと滲み始めた。

ーー朝焼けだ。

つぶらに輝いていた星たちが、霞んでいく。

お願いします。

どうか、もう一度。

どうかもう一度だけ、話がしたい。

もう一度だけでいいから、私と目を合わせてほしいの。

声なんて出なくていい。

唇が動かなくてもいい。

頷かなくてもいい。

ただ目を開けて、聞いてほしいことがあるの。

どうか、お願いします。

朝焼けの中で、かたわらの塔は静かにそこに建っていて、私の願いを、叫ぶ声を吸い込んでいくようだった。

暗闇から、灰色へ。濃紺から、光溢れる朝色の世界へ。

何事もなく、朝日は昇ってしまった。

こんなことしたって、何にもならない。

あの人は遠からず、本当にこの世からいなくなる。

そんな予感を、昇る朝日が改めて教えてくれるようで、悔しくて、馬鹿なことをしたと、涙が滲んだ。

帰ろう。

早く病院に行って、もう聞こえないのかもしれないけど、せめて今朝のことを耳元で話して聞かせよう。

冷たさも感じられない涙と鼻水を、コートからはみ出したセーターの袖口で拭く。

不意に肌に優しくて、懐かしいような風が吹いた。

風を探して辺りを見回すと、あの塔【小説】『朝焼け』夜と朝の狭間にいた。

太陽が昇りきっていないために、朝日を浴びているところと、そうでないところで、明暗ができているのだ。

塔の方から風は吹いている。

誘われるまま近寄ると、ふわりと甘い匂いがした。

まるであの人が大好きだった、手作りクッキーのできたての匂いみたい。

こんな山奥でクッキー?

塔に出入口はない。

ぐるりと周りを歩いてみても、なんの手がかりもなかった。

唐突に、ポーンと鼓を打つような音が鳴った。

びっくりして、立ち止まる。

ーーお願いします。

ポーン。

ーーどうか……

さっきの自分の声だと気づくのに、時間はかからなかった。

ポーン。

ポーン。

ポーン。

あまりの寒さで、どうかしてしまったのかも。

さっきの自分の声と、鼓の音が交互に鳴る。

呆然として、音を聞き続ける。

ーーどうか、お願いします……。

最後の叫びが繰り返されて、ポーンと音が鳴った。

その時、コートに入れていたスマホが、不思議な鼓の音よりもっと大きな音を立てて鳴り始めた。

スマホを取り落とさないように、寒さで震える手で画面を見る。

病院からだ。

ゾッとして、もっと慌てて電話に出た。

相手は私の確認もそこそこに、喜びもあらわに何かを叫んでいる。

私は身を翻す。

振り返った塔は、すっかり昇りきった太陽の光を浴びて、静かに佇んでいた。

ーーー

山根あきらさんのお題「朝焼け」に参加しました。

【今日の英作文】
東大寺は日本で有名な歴史的建造物のひとつです。私は修学旅行で訪れました。
Todaiji is one of the most famous historical landmark in Japan. I visited there on a school trip.

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