雪崩の後始末に疲れて春の気配も感じやしない

ほとんど人間と口をきかないし交流もしない(交流を持ちかけてもお返事がございません)毎日なので、元号の変わり目もそのままでした。

浮かれてる人たちを見ていると、どうしようもなく消えたくなった。イベントごととかお祭りとかね、好きなんですよ基本的に。浮かれたい人種ですね(笑)。
でもねえ、結局ひとりで騒ぐことになるわけじゃないですか。テンション上げまくっても、現実に気が付いてしまうと凄まじい反動が襲ってくるわけね。

だから年末年始とかクリスマスとか誕生日とかは危険領域にまで精神状態が落ちてた記憶しかないですね、最近は。
金さえあれば金にあかせて食べまくる、とか何とかできるんですけど、金がないと出かけることすらできない。ネットの中にはリア充しかいない。最悪ですよ、年末年始。クリスマスは働いてる人も多いからそうでもないんだけど。

改元もねえ、思ったよりお祭りモードだったから、ものすっげえ抉られたね…。平成が終わる前も平成が終わっても私の世界には私しかいなかった。透明な膜が張ってあって、私からは人々が見えるのに人々には私が見えないような感覚だった。たぶん、その感覚は、全部失くしてみないとわからない。

様々な社会問題を耳にするたび、人間は傷を負うまで理解できない生き物なのだと実感する。衣食住すら立ち行かなくなるまで経済的に困窮したことがない人にはその状態の人は努力不足にしか見えないし(中にはそういう人もいるだろうけども)、何だかんだと家族や友達に囲まれて生きてきた人には孤独は理解できない。
私にも理解できないことが山程あって、知らなかった様々に不快感を覚えるたびに「その不快感は真実か?」と問い、衝撃を受けるたびに「これをせめて頭に置いてこう」と思うことから始める。でも、きっと本当には理解してなんかいない。そして、本当は理解できないのが幸せなのだということに思いを馳せ、虚しくなる。無知は罪であり、同時に無敵でもある。


こういう心の内を書くと、「不幸ぶりやがって!」とか、「自分には何もできないから黙ってくれないか」とおっしゃる方々が出てくる。実は何度かあったのだ。またそんなこと言われるのかな、と怯えて手が止まる。
私はその人たちに話しかけてないし、仮にそうだったとしてもその人たちに届くとは思っていない。でも、そういう届き方をする相手なんだ、ということがそれでわかる。それからはだいたい、地獄のような事態が待っている。

何人かの人が、私を含めた何人もの人に、「自分だって頑張ってるのにお前はおかしい、頑張ってなくて目障り」と直接攻撃する様を何度も目にした。地獄以外の何でもなかった。中には「あなたが酷い目に合わせたからその人は心が折れたのに」ということに気付きもせずそういうことを言ってる人もいた。地獄でしかない。

「あの人を好きな人なんて誰もいないよ」と陰で言われていたあの人。その言葉には同意だったけど、そんなことを言われてしまうその人が、その状況にまるで気付いていないのであろうことが切なかった。いや、気付いているからこそ暴れているのかもしれない。
それでも、運さえ良ければその人は、暴れても暴れても「どうせ何言っても無駄」と優しく扱われ、自分の努力で今の地位があると思い込んで生きていけるのだ。

世界とは、生きるとは、常識とは何なのだろう?人間は平等かもしれないけど神様は平等じゃない。しかも神の采配はただの気まぐれで、たまたまそこにいたから矢が刺さっただけだ。
そんな例は掃いて捨てる程あるのに、結果だけを見てその人にすべての要因を押し付ける我々が、私はとても怖い。
神の気まぐれな矢がその人を刺し、助けてくれと私を見上げても、私はその人に私の矢の痕を見せて、黙って立ち去る。その人が笑いながら毒を塗りこんだ、私に刺さった矢の痕を。
その日が来ると思い込まなければ、とても自分を保てない。


話す相手もいない私には、こうやって言葉にするしか方法がない。自分で自分に話しかけるしかない。そうやって混乱する心を整理し、自分を消してしまわないように自分を抑えるしかない。それすら目障りだと言われたら、じゃあ見ないでくれとしか言えない。それなのに、その人たちは私の雪原に汚い長靴でずかずかと入り込んで、騒いで騒いで雪崩を起こして、それを私のせいだと叫ぶのだ。そして、自分は自分の心の内を晒しまくっているくせに、そのことにはとことん甘いのだ。呆れてものも言えない。

私のような社会の底辺を気にして、あんたに何のメリットがあるんだい?本当にあんたが憎いなら、とっくの昔に自分に嫌疑がかからない形であんたの社会的地位を根こそぎ奪えるよう行動してるよ。でもやろうともしてないから。なんでかわかる?そこまで労力を払わなければならないほど、あんたが大物じゃないからさ。要するに、興味がないんだよ、あんたに。せっかく気にしてくれたのに、お応えできずに申し訳ありませんね。


闇が高濃度な記事ほどビュー数が上がり気味なので、これもそうなったら嫌だなあと思いつつ、たぶんちゃんと記事読んでる人ほとんどいないよな、と思い直すのだった。前々からおかしいな、と思ってはいたんだけど、最近結構な過去記事にスキがついたので週単位のアクセス状況を確認したら、スキはカウントされてるのにビュー数ゼロでやんの。しかも1記事だけじゃない。その人のnote見たら、私の記事と共通する単語が含まれている記事が最新記事としてアップされてたりするわけ。たぶんこういうのばっかなんだろうな、としみじみ思ったね。
はてなはこのところそういう人が現れなくなったのだが、はてな側で対策をしたのか、単に流行らなくなったのか。はてなははてなユーザー同士のつながりがなくても古い記事でも検索から読んでもらえるけど、noteは「ひとつ前の記事」になっただけでもう読まれないことが多いしスキもどこまで信じたらいいのかわからないから、読んでほしい記事は自然とはてなに書きたい気持ちになってしまうのは許してほしい…。そりゃ、アクセス数に4倍も5倍も差があればね…。
読んでほしい記事は読まれないのはどなたも共通しておっしゃる事実だし私も実感しているが、noteはそれが顕著だったりする。上記の点も併せて、どう続けたらいいものかちょっと考えてる。ちゃんと毎回読んでくださってる方や最後まで読んでスキしてくださってる方がいらしたらごめんなさい…。

これだけじゃ暗すぎるしなんなので改元後にやりたいことでも書こうと思ったが、明日に回します。昨日の記事がやっつけもいいとこだったので(3分くらいで書いた…)ちゃんと書こうと思ったんですけど、これ以上テンション上がりません…。ゴールデンウィーク中にわざわざ読みに来るほどみんな暇でもないでしょうしもういいか…。
本当に、こんな社会の底辺に噛みついて何が楽しいんでしょうかねえ。あなたの信奉者が欲しいだけなら、私は全然興味ないからよそへ行ってください。もう私は疲れ果てました…。怖かった…。

ペットでもいれば孤独だけでも解消されるのだろうけど、養育費が払えないので振り出しに戻るのだった…。


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