最初の日*私が救急車で運ばれるまで

その日、私は知り合って数年になる彼の家にいた。
季節は秋。今季一番の冷え込みといわれた日でとても寒かったのを覚えている。
そのため、彼に許可をもらってロフトから掛け布団を下ろし、ぐるぐるにくるまっていた。


資格試験を間近に控えていたので、時間が合えば一緒に勉強をしていた。しかしその日はお互いになかなかやる気が出なかった。

昼食の時間が近づき、面倒くさがりな私はたまごサンドとコーンスープ、料理好きな彼は麻婆丼が食べたかったので同じキッチンで別々にそれぞれが食べたいものを作ることになった。

近くのスーパーまで歩いて行き、材料を買った。
「食パン、分厚いかなあ?余っちゃうかなあ?」と言いながら、「余ってもいいよ」という優しさに甘え、1人分のホットサンドにするのにまあまあの分厚さの食パン(6枚切り)を買ってもらった。いつも自宅でホットサンドを作るときには、10枚切りを買って4人で分けるので、とても贅沢な買い物に感じた。
動画を見ながら作った『至高のたまごサンド』は、美味しくできた。彼の作った麻婆丼はとても辛かったが、本人は辛そうにしながらも満足そうだった。

ふとキッチンの床に目をやると、ずっと前に買ったココアが未開封のまま置いてあった。彼の家にはマグカップがないので作れなかったのだ。
「今日やる気出ないし、マグカップ買いに行く?」
どんなきっかけだったかはわからない。彼がそう声をかけてくれた。
これからもっと寒くなるんだろうなあと思っていたのと、本当に全く勉強をやる気になれなかったのとですぐに賛成した。


バスで15分ほどのショッピングモールへ出かけた。マグカップを求めて雑貨店を巡った。また、以前そこで買ったお皿が割れてしまったので同じものを購入した。
その日は全然必要なかったが、彼がクッキーやケーキ作りに使う道具も「買おう、選ぼう」と言った。私は、「ええ〜、今日じゃなくてもいいよ」と言ったが、「でも今度作るやろ?」と、いつくるかわからない今度に備えて買うことになった。
マグカップが決めきれず、先に夕食をフードコートでとることになった。
夕食を決めるのもとても迷ったが、彼はエビフライののったあんかけパスタ、私は味噌ラーメンと唐揚げ、白米のセットにした。
食べきれない分は彼に食べてもらい、雑貨店に戻った。
そこで結局、候補になかった可愛らしい形で無地の、白色と水色のシンプルなマグカップを1つずつ購入した。

その後、彼のお気に入りのお店でドライトマトを探したことは覚えているが、詳細は覚えていない。
帰りのバスで何を話したかもあまり覚えていない。
ただ、夕方になると時々言葉が出にくくなったり、今自分が見ている文字がなんと書かれているのかわからなくなることがあるという話を少ししたと思う。
その日付近でたまたまそういう話を友人のともちゃんともしていた。ともちゃんも疲れていると時々頭がぼーっとすることがあると言っていた。誰にでもあることなんだな、と思って安心したんだ、という話を私は彼にしたのだ。

彼の家に戻り、ゲームをつけた。
ゲームをつけたらしい、と言う方が正しいかもしれない。正確にはつけたことは覚えていない。
どのゲームで遊んだかはわかっている。一緒に遊ぶのはいつも同じゲームだから。子どもたちにも人気のサバイバルゲームである。試合の内容は全く覚えていない。


ゲームを1時間くらいで終え、電源を切った。
そして私は倒れた。


気がついたら知らないおじさんが私の名前を呼んでいた。私はどこかに寝転がった状態で目を覚ました。
しばらくして「救急車、、?」と思った。
彼がその知らないおじさんと話しながら心配そうにこちらを見ているのが目に入った。何が起きているかわからず、彼に手を伸ばすと、その手を握ってくれた。少し安心した。それでも状況の理解は全く追いつかなかった。
おじさん(救急隊員さん)に言われるがまま、渡された自分のスマホのロックを解除した。
救急隊員さんは私の家に電話をしたようだった。電話番号は自分で押したらしいが覚えていない。
彼が私の普段飲んでいる薬の説明をしていたことは覚えているが、かかりつけの総合病院の名前を自分で伝えたことは覚えていない。

程なくして私が自分で伝えたらしい総合病院に到着した。担架に揺られながら、これからどうなってしまうのだろう、一体なにが起きたのだろう、と、ぼんやり思っていた。

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