寄り道しまくってここまで来ました

最初の夢は、

「バレリーナ」

だったと思います。幼稚園の頃。

でもバレエなんて見たことなくて

フィギュアスケートの選手を勘違いしてたのだと親から聞きました。

実際フィギュアは小学校高学年で少し習いましたが

3歳の子が私が必死でできるようになった技をあっさりこなしていて

何となくやめてしまいました。


次の夢は漫画家でした。

単純に漫画が好きだったからです。

だけど私は死ぬほど絵が下手でした。


その後は作家。

物語を作るなら絵なんていらないんじゃないかって思ったんですね。

当時はまっていた漫画の二次創作のサイトを持っていて

それなりには人気でした。

原作の空白を埋めるのも既存のキャラクターを動かすのもとっても楽しかった。

でも私はオリジナルを書こうとしても、どうしても好きな漫画のキャラクターや話の設定がちらつきました。

「どうも自分は0からお話を作れない人間らしい」と気づいたのが高校生の頃です。


国語しかできなかったのに、なぜか理系に進んだ私はAIなどの方向に突っ走っていきます。

石ノ森作品にどっぷりはまり、人造人間的なものに憧れました。

工学部を目指しますが受験失敗。

浪人してみるとバカみたいに化学と相性がよかったので何となく理学部を目指しますが、また失敗。

気付くと農学部にいました。

私の大学の農学部は何というか、

ガチ農家と医歯薬系に行きたかったけど失敗した人の半々くらいで

何となく来ちゃった私でも居心地はよかったです。

研究もおもしろくて、大学院に進学し、学会などにぽつぽつ出ながら

博士に行くつもりでいました。

なのに大学院1年で、今の旦那さんに出会い、

結婚することしか考えられなくなりました。

就活が全然うまくいかない私に推薦先を持ってきてくれた先生に向かって

ふるえる声で「結婚を考えておりまして」と答えたのは

私の中の勇気を出した出来事TOP3に間違いなく入るでしょう。

余談ですが私の両親はその一年ほど前に熟年離婚していて

それなりに苦労した私は「絶対結婚なんてしない」と言っていました。

絶対なんてありません。絶対。

幸い、無事結婚できた私は、見知らぬ土地で少しだけパートをし

ほどなく妊娠。

2年おきに3人子供を産み、あっという間に肝っ玉母さんです。

母親業はとても、幸せで

「そのうち子供を支えるためにパートくらいできたらいいかな。

もう私の人生の主人公は私じゃなくて子どもたちだもの。」

なんて思っていました。

だめです。

子どもは私の人生の主人公になんてなってくれない。

幼稚園に行き始めるともう、私とは独立した人間で

まだかろうじて家にいる末っ子を抱きしめながら

「思いのほか短いぞ、母親業」

と焦り始めます。

クラウドソーシングで、仕事を始めました。

なんだかんだうろうろした私にできるのは文章を書くことくらいだったので

とりあえずライターを名乗って仕事を選ばずがむしゃらに書きました。

1年間で500記事くらい書きました。

そこそこ知名度のある場所でも書かせてもらって

まあライターと名乗れるくらいにはなったんじゃないかなと思います。


でもね、ほんとはやっぱり。

職業でなくてもいいから、「作家」になりたいなと思ったりするんです。

ぐるぐる回って、今更だけど。

何か、制約なく、心のままに、作り出したいんです。

だからnoteを始めました。


以上、長々と自己紹介。

フォローされたら基本的には返しますのでお友達も欲しいです。えへ。

もしかしたら、もうちょいまわって「バレリーナ」になりたくなっちゃうかもしれない私より。





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