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おしゃべりスイッチ

玄関のインターフォンが鳴ったので、いつもの通り「お願いします~」と応えて開錠した。よそ行きの声で明るく言ったものの、「今日は、ハズレが来たな」と思う。いつも来てくれる宅配業者のドライバーのうち、1人はとっても愛想が良くて親切、もう1人はいつも不機嫌なのだ。

今日は、その不機嫌男の方が来た。部屋のインターフォンが鳴ってドアを開けると「ここでいいスか?」と言われた。ビールや水など重い荷物のときはいつもそういうのだ。
チャイムを鳴らすために一度ドアの前に置いた荷物を、もう一度持ち上げて玄関の中まで入れるという労力を、彼は毎回惜しむのだ。

もう1人の人は、「よかったら中まで入れちゃいますよ~」と言いながら、玄関を上がったところまで入れてくれる。玄関の下に置く人、上まで入れてくれる人、それぞれいるけど、毎回、不機嫌にドアの外に置いたままにするその人は、少しずつ嫌な空気も置いていく。
荷物は入れてくれなくても構わないけれど、せめて不機嫌じゃなかったらいいのに…。

その彼が一度だけ愛想がいいときがあった。それは午前着指定の荷物が午後の配達になったときだ。妙に感じよく「○○さん、すみません。他の荷物に紛れちゃってたみたいで」なんて苗字まで呼ばれたから驚いた。

ああ、この人は、不機嫌を使い分けていたんだな、と思って少しだけモヤっとした。


昼時に、たまには外で買ったものをお昼ご飯にしようかと出かけていったら、道中でたくさんの小学生とすれ違った。今日は、午前中で学校終わりの日なのかしら。水曜日だから?子どもがいない私には、そういう事情がわからない。

向かいから小学低学年らしき男の子が2人やってくる。
「シュークリームを食べたらさあ、おしりからクリームが出てきちゃうんだよ」
すれ違いざまに聞こえてきた言葉だ。

くるりと進行方向を変えて、その続きを聞きたい衝動にかられたけど、知らないおばさんがついていって怖がらせてもいけないから、それはやめておいた。

それにしても、なんて素晴らしいおしゃべりなんでしょう。他愛もなくて平和で愉快で、これぞおしゃべりの最高峰!!なんて思っていたら、私のおしゃべりスイッチが入ったのだった。

そうそう、以前も書いたが、私の中でゆるくアロマブームが起きている。
それはまだ続いていて、先日、アロマ検定1級を取得した。1級といっても入門的な内容で、合格率90%以上といわれている資格である。

これに合格したからといってアロマのプロフェッショナルとは言い難いし、資格を取ったからといって何というわけでもないのだけれども。大人になってテキストを広げる時間は楽しいものだった。

テキストでとくに面白かったのは、精油の歴史の部分である。精油の歴史は、紀元前にさかのぼり、古代ローマ、中世ヨーロッパの歴史も辿る。
世界史が好きだった私にとっては、懐かしい記憶と結びつくことも楽しさのひとつだった。

高校時代の世界史の教師は、名前も忘れてしまったが、生徒の立場の私から見ても「この人、世界史が本当に好きなんだなあ」と思わせるところがあった。

当時、世界史の授業といえば、私以外の生徒にとっては、「だるいし、寝てても構わない授業」だった。
ほとんどの生徒は、寝ているか、他の科目の勉強をしているか、漫画でも読んでいるか、だった。先生は居眠りをしている生徒をとがめることもしないし、授業で生徒に発言させることもない。ただ、ひたすらに、楽しそうに熱心に世界史のエピソードを話し続けるだけだった。先生にとっては、聞いている生徒がいてもいなくても、たいした違いはなかったのだろう。

私は、その授業をひそかに楽しみにしていて、テキストに目を落としながら寝ているふりもしつつ、実際には熱心に耳を傾けていた。クラスメイトの空気に同調してだるいふりをしながら、実は楽しみにしていたのだった。
どうして私は、この授業が楽しみなんだ、って堂々と言えなかったのだろうか。

授業以外の時間、先生は図書室に入り浸って、世界史関連の本を読んでいた。先生はずいぶん幸せそうに見えたし、たぶん幸せだったんじゃないかと思う。

世界中の子どもがみんな、おしりからクリームが出てくる話をできるくらい安全で平和な場所にいて、世界中の大人がみんな、世界史の先生みたいに、周りがどんな反応だろうと幸せそうに仕事していたら...。

どんなにいいでしょうね。そんな世界がどこにもないことも、知ってはいるのだけれど。

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