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『族長の秋』(1975) ガブリエル•ガルシア=マルケス

以前何度か挫折した、ガブリエル・ガルシア=マルケスの『族長の秋』を、ついに読み切ることが出来ました。

なんか結構、久しぶりに辛い読書体験だった(笑)

ユリイカの「ガルシア=マルケス特集号」での対談で、漫画家のヤマザキマリさんが、『百年の孤独』よりも『族長の秋』の方が好き、と仰っていまして。
僕も、それが言えたらめっちゃ格好良いなあ…と思いつつ、今どちらかの再読を迫られたら迷わず『百年の孤独』を選ぶでしょう。

もちろん、『族長の秋』も面白かったし、めちゃくちゃ文学作品としてのエネルギーも感じたけど、『百年の孤独』を越える傑作を書くぞ!!という作者の想いも手伝ってか、その実験的な文体についていくのに必死で、物語どころじゃねえな…、というところも多かったです。

三人称で語られていたはずが、いつのまにか一人称の語りに変わっていて、さらにその語りが、別の語り手に飛ばされていく。「語り手が移り変わっていく」というよりは、本当に飛び飛びで「入れ替わっていく」感じです。

しかも台詞に鉤括弧はないので、語りなのか会話なのかも、判然としない。そんな場面が沢山ある上に、句点(。)が中々出てこない。とある人物が喋り終わるまで、その台詞だか語りだかにひたすら読点(、)が打たれるだけで進んでいく…、まあこれも読みにくい。

あれだけの長篇の中で、改行というか段落変えが6回しかないのも、中々のイカれポイントです。ずらぁ…と文字が続いていて、全体をパラパラめくって眺めた時点で、「うっ…」ってなってしまう。

ただ、慣れてくると、何故かその文体にマゾヒスティック的に惹きこまれてしまうような、不思議な感覚も生じてきます。
決して「慣れてきて読みやすくなる」わけではなくて、「慣れてきて苦しみ方が分かってくる」感じ。…やっぱり変態なのかも知れない。ヤマザキマリさんも。

ストーリーとしては、まあ、これも『百年の孤独』と同じように、非常に要約が難しいのですが、無理矢理がんばってみます。

物語の入り口として、小国の独裁者(と思わしき老人)の「現在の死体」が呈示されます。
そこから独裁者が生きた長い年月(これがまた常軌を逸した長い時間。なんたってその独裁者は232歳だったかも知れないのだから…)の回想シーンに入っていったり、その国の歴史的側面を扱った出来事、登場人物の個人的側面を扱った証言などが描かれ、そしてまたいつの間にか、現在地点の「死体」に戻って来て、新たな昔話が始まっていく…というような。そんな歪んだ時間軸を通して、独裁者の孤独や虚無、そこから生じた数々の愚行を描いていく…という感じ。

うわあ、自分で書いてて頭おかしくなるくらい、奇怪な説明だなあ…。
でもほんと、これは中々説明が難しい…ってことだけ分かって欲しい感じです(笑)

実はガルシア=マルケス、この『族長の秋』を書くために、かなり独裁国家についての取材にも力を注いだらしく。
ただ、そこで掴んだはずの「現実感」を土台にしてつくりあげたものが、単なるルポルタージュではない、というところがやっぱりすごくて。
彼独特のストーリーテリングの中で、まったくの別の世界像というか、「新しい現実」が創造されていったというのが、ひしひしと伝わってきます。
(決して読みやすいというわけでは無いけれど)

同じように、中南米での独裁をテーマにした小説に、ミゲル・アンヘル・アストゥリアスの『大統領閣下』があります。ただ、こちらはより、そのような政治体制に対する「告発」的な側面が強いように感じました。
読者の、独裁者への不快感や、恐怖心をある意味では「煽る」ような物語、文体と言えるかも知れません。

対して、ガルシア=マルケスの『族長の秋』で描かれるのは、たしかに「愚かな独裁者」であるものの、不思議と、どこか一方的には憎めないような、ともすると同情してしまいそうになるような物悲しさがつきまとうタイプの「愚かな」独裁者なのです。

ああ、こうなっちゃうのかあ…。みたいな。

なんだか、そういう単純化しきれない、「どこか愛すべき愚かさ」といった感覚は、例えば井伏鱒二の『山椒魚』で描かれるような、救いようのなさにも似たところがあるように思います。

岩屋から出られなくなって、腹いせに小エビを閉じ込めた山椒魚を、「自業自得で最低な奴だ」と罵った時に、僕らもまた岩屋から出られなくなるのだ、ということを、今度はこの大統領府から教えられたような気がしました。

×××

…いやあ、それにしても、よく最後まで読んだなあ…と自分を労いつつ、今度は、これまた以前挫折した、カルペンティエルの『失われた足跡』に再挑戦しようかなあと思っております。

わくわく。

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