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愛のシャワー

 クリント・イーストウッド、主演、監督の『ガントレット』を見る。
 荒唐無稽とも言える警官の一斉射撃が話題になった。銃撃ロボットと化した警官の中身もまた似たようなもので、女性蔑視も甚だしく、黒人男性を職務質問の形で殺したジョージ・フロイト事件を彷彿させる、と見ていて思った。ただ黒人は登場しないが、警官たちの女性蔑視が甚だしい、というか、今、気がついたのだが、女性蔑視がテーマになっている。
 今回は、冒頭からビデオにとっておいたのだが、冒頭から見ないと本質がわからない映画なので、ビデオにとっておいて幸いだった。
 それはどんな場面かと言うと、アリゾナ州のフェニックスの警察署の刑事、ショックリー(クリント・イーストウッド)が、新任の警察長官ブレークロックに呼び出され、ラスベガスの警察署に留置されている人物を引き取ってこいと言う。警察長官は、警察のお目付役だから、極秘情報も扱わされると言って召喚状を渡す。どんな人物なのか、と聞くと「つまらぬ裁判の証人だ」と言う。ブレークロックはその証人が男なのか、女なのか、何も言わなかったが、召喚状にはガス・マレーと書かれていた。その後、ラスベガスに行き、警察署で召喚状を渡すと、ガス・マレーという名前の男はいないと言われ、何かの手違いがあったのだと判断して帰ろうとすると、似たような名前の、オーガスティン・マレーという女性がいると言われる。男と思い込んでいたショックリーは、驚きつつなんで捕まったんだ? と聞くと売春容疑だと言う。そのマレーを留置場から連れ出そうとすると、ここから出たら殺されると言って、激しく抵抗する。「なんで殺されるんだ」と、聞くと「わからない、でも殺される」と言い、その証拠に自分がフェニックスに着くことが、賭けの対象になっていて、今、五十倍だと言う。ショックリーは、彼女の叫び声を背中で聞きながら、空港の喫茶店のような所に行くと賭け事が盛んな土地柄を反映して、賭けの受付カウンターがあって、マレーの掛け率が十番のボードに手書きで書かれていて、六十倍になっている。少々驚きながら、留置場に戻り、確かにマレーという馬はいたが、偶然だ、と答える。マレーは、競馬は九番までだ、十番なんかない、六十倍ということは、自分が外に出たら直後に殺されると、みんな予想しているのだ、あなたは、私と一緒に殺されたいのかと言う。事態を理解したショックリーは、警官としての意地で、賭けを受けると言って、興奮して過呼吸状態のマレーを救急車に縛りつけ、警察の用意した青いセダンの乗用車まで行く。救急車の運転手がそれを指定通りの場所で見つけ、マレーとショックリーを残して、青いセダンのドアを開けると、その瞬間、大爆発が起きる。マレーの言った通り、正体のわからない誰かが、証言者であるマレーの命を奪おうとしていこと、自分はそれに巻き込まれていることを知る。
 ……その後は、激しいアクションシーンの連続ということになるが、そこで重大なポイントになるのが、救急車で逃げる途中、マレーの一軒家で休む場面で、この一軒家は、マレーが売春を行う場所でもあって、近所の親父が通ってくる場所になっている、と、そんなことを聞かされ、また誘おうとするマレー――理由がよくわからないが、多分、保険をかけようとしているのだと思う――を断り、ブレークロックに電話で報告すると、空港に着いたのかと言うと、そうではない、今は、マレーの家にいると言ってその所番地を教え、警察を呼んでくれと頼む。その後、州警察のパトカーが十数台もやって来て、いきなり銃弾を浴びせる。それも何千発、何万発という膨大な量で、指揮官の撃ち方止め、の声で銃を置いた警官が見つめる前で、家屋がずるずると、おもむろに崩れ落ちるというギャグのような映像がある。イーストウッドは監督として、コメディ志向のなくもない人のようで、面白かったり、面白くなかったりするが、この場面は面白かったと思う。とはいえ、これを見て笑う人はあまりいないと思うけれど……。
 それは兎も角、マレーは浴室の中に逃げ道をつくっていて、パトカーを見た瞬間、外に逃げ出していた。ショックリーも銃撃を受けている間に、それを見つけて逃げ出し、市内パトロールをしているパトカーに、警察手帳を見せて乗せてもらう。その車中で、三人が交わす会話が面白い。パトカーの警官はマレーが自宅で売春をしていたことを知っていて、下卑たことを言ってからかう。マレーは腹を立てながら聞き流している。そしてショックリーにあなたが電話で連絡した上司が怪しいのではないか、青いセダンに爆薬を仕掛けたのはマフィアかもしれないが、その後は、警官に襲われ続けている。同じ仲間だからといって信用するのは危ないと言う。パトカーの警官は、仲間割れさせようというのか、と怒るが、ショックリーはマレーの言っていることはもっともだと思い「州境まで行け」とブレークロックに指示されていた州境の直前でパトカーから降りる。その後、州境で待ち構えていたパトカーに「約束どおりに来たよ」といった感じで手を振ると、その瞬間、一斉に銃撃されてパトカーは、警官と一緒に穴だらけになる。パトカーが仲間のはずの警官を銃撃する場面に出くわす形になったショックリーは衝撃を受け、一晩、考えた末、「デルッカ対州政府」と書かれた新聞記事を、マレーに見せ、デルッカとはどんな人物かと聞くが、マレーは嫌がって答えない。「あんたが証人で、何かを知っているはずだ」と問い詰めると、デルッカとは一度しか会っていないが、その時、ラスベガスのホテルで男性の相手をしろと言われた。男は、私を裸にしてベッドに足を開いて寝かせ、声をあげたら殺すと言って拳銃を突きつけながら、私の背後で、何かやっていた、と言う。商売柄、男が何をしているか、すぐわかった。男はマスタベーションをしていたのだ。名前は聞かなかったが、目の青い白人で、顔面がゴツゴツしていたとか、話し方の特徴から、ショックリーは、その男はブロックリーに違いないと思う。ブルックリーが「つまらぬ裁判」と言っていた裁判で、自分の変態的なマスタベーション癖が暴露されかねないというまさに「つまらぬ内容」の裁判で、マレーはその証言をしかねない、一方の当事者だったのだ。
この後、ショックリーは暴走族から奪ったハーレーのバイクにマレーを乗せ、ブルックリーの指示で行われる執拗な追跡と銃撃からの逃亡が始まる。 特に凄かったのは、バイクに乗って逃げる二人を、警察――かどうかはわからず、もしかしたらマフィアかもしれないが――ヘリコプターで追う場面。最後は高圧電線に触れて墜落、炎上してしまうが、ヘリコプターが巨大な昆虫のように自由自在に空中を飛び回るシーンは、操縦技術に驚嘆せざるを得なかった。

高圧線に触れて墜落するヘリコプター
画面が小さすぎるが、これしかないので……

 それほどの執念で、警察長官が平刑事のショックリーと、売春婦のマレーの二人を殺そうとするのは、巨大な闇の真相を二人が知っているからに違いないと考えたくなるが、それが全然そうではないのだ。その目的は自ら「くだらぬ裁判」と言う、その裁判の証言者の抹殺なのだ。この巨大なアンバランスは、過激すぎる銃弾の量として現れている……ように思った。
 それは兎も角として、『ガントレット』は愛の映画でもあって、売春で日銭を稼いでいる女性のマレーが、ショックリーと喧嘩ばかりしながら逃避行を続けている最中、故郷の母親に電話をして「やっと私にふさわしい男が見つかった。名前はショックリー」と、ショックリーの前で言ってショックリーを驚かせる。喧嘩していても意を通じていることはわかるので、素敵なシーンだと思った。
 ちなみに「ガントレット」は中世ヨーロッパで行われていた刑罰の一種で、こん棒で殴りかかる列の間を通り抜けることで、通り抜けたら罪も許される場合もあるそうだ。つまり映画では、警官たちの銃弾の嵐を通り抜け、その警官が見ている前で、ブレークロックと対決、そして目的を果たすわけだが、一方で、仲間たちの浴びせる銃弾は、二人を祝福するライスシャワーのように見えた。

この後、ショックリーはブレークロックと対決するが、ブレークロックは「危険だから」という理由で一般人を退避されている。つまり、二人は数百人の警官たちが見守る中で対決するが、警官の信任を失っているブレークロックは、長官なのに平の刑事と同じ立場に立たされる。

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