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雑記です。
◎「夏は夏で良い、冬は冬で良い」という誰かの言葉をいたく気にいり、その通りですなあといい顔しようとしていたがもう諦めることにした。これは風情の話ではなくて単純に体調や精神状態に関わってくるからだ。夏になるたびにずっとこうあれと願い、悪いけどもう少しだけ、もう2週間ほど居座ってはくれませんか、と追いすがっているうちに10月になれば夏はもういない。夏でなくては動けないのだ、実りある夜に寒くて散歩にも出られないんでは味気がない。こないだの夜、3時くらいに散歩してたらパンダ橋でおっさんが縁石に座って本を読んでて、ああやって朝を待つのもいいもんだなと思ったんだよね。たぶんただの宿なしだったんだろうけど。みたいなちょっとしたことも冬になればおあずけである、と 要するに俺がかなり寒さに弱いちゅうことだ。今年2月の手記に「夏は儚いが、冬には終わりがないからツラい」とあった。

◎上野に来ておいて文句を垂れるようですが、深い夜にひとり、酒も飲まずにふらふらほっつき歩くのは「自分がここにいる」という安心を得るためでもある。ところがそのために必要な、身の毛のよだつような本当の暗闇というものがこの辺りにはないもんですから、結果帰省するたび夜な夜な山に向けて車を走らせることになる。20分ほど走るとそこは山の中腹にある古い解体ヤードの前で周辺には民家はおろか街灯さえなく、ヘッドライトを消すといきなり巨大な壁が立ち塞がったかのような……それこそ本当の暗闇である。だが、あなたはまだ車に乗っていて、この鉄のかたまりがなんだか暗闇からあなたを守ってくれるような気もするのだ。だがだが重ねて、暗闇を恐れるのはだからこそなのだ。暗闇が怖いなら車を降りて、自分が暗闇に溶け込んでしまえばいいのだ。それまで恐れていた黒黒に溶け込み、少しずつ目が慣れてくればそんなに黒黒してるわけでもないことに気がつくと、ふいに安心がやってくる。もう変質者を恐れる必要はない、今や俺自身が変質者だからだ。もう幽霊を恐れる必要はない、今や俺自身が幽霊だからだ。しかしこれ相当イタいですね。重ねてしかし、いやそして、誰の目につくこともないまま静静寂寂の中で、ようやく、今、ここにはたしかに俺がいるのだという深い安心を得ることができるのだ。できるのです。

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◎通信制高校に編入しほとんどはじめて電車に乗るようになったころ、それがマナーかのごとく無表情で、一様に携帯に目を落とす乗客が横一列にずらりと並んだ光景に笑いそうになったことがある。携帯に首を引っ張られ、どっちが携帯されてるんだか分からない風刺画のように見えたのだ。しかしそんな少年も今となってはすっかり彼らの仲間入り、とはいかない方が楽なのだが、しょうがないのでその風を装うことにしている。向かいのおっさんと目線を合わせずにぼーっとするのも案外コツが必要で、といって用もないのにTwitterを開くのもすこぶる健康に悪いですから、具体的に言うとだいたいコンパス機能を開いて電車の曲がり具合を確かめている。登山部じゃあるまいし普段使うことなんて滅多にないのだが、この先揺れますのでご注意ください、とはどれぐらい揺れるんでしょうか。おお、曲がっとる曲がっとる、つってそのまま見ていると直角に曲がったりして意外に面白いのだが、ほくそ笑んだ内心が顔に出てしまったのか隣のじいさんが画面を覗き込み、対する俺の表情がまったく釣り合わないので不思議そうな、ぃぃぇ露骨に怪訝そうな顔で俺の顔を見た。なるほど、隣の乗客がコンパスを開いてにやにやしていたら俺だっていやだ。

◎住居のビルは十字路に接しており、その4階の角部屋で私たちは暮らしている。二段ベッドが西側の壁に沿うように置いてあり、その壁の向こうにはすぐ往来がある。この壁には窓がないが、雨の日には雨粒が壁に当たる音が聞こえてきたりする。この壁が、この厚さ何センチかの壁というものが中と外をこんなにも分けちゃうもんですか、と不思議に感じることがたまにある。
何言ってんの?と思うでしょうがつまり……もしもここが1階で、壁の向こうがただの民家ならそんなに不思議でもないのだが、片やこっちでは昼まですやすやと眠っているあいだ、壁の向こうでは絶えず人や車が行き交っていて、あまつさえ───という語を初めて使いましたが合ってるんでしょうか───ここは4階で、万一転がり落ちれば生死をさまよいかねん高低差があり、その言わば崖っぷちに今もこうして寄りかかっちゃ平然としている、その対比にこそ不思議を感じるんである。私の寝床は二段ベッドの上段にあり、天井に近づくと感じるあの独特な静けさと、白い壁の落ち着きに対する「もう完全に外」がほんの数センチを隔ててきっぱり分かれちゃってるのが、こう、狂ってんな~と思うのである。
外から壁を見上げてみると、あんな高いとこのすぐ向こうで自分が寝ているという実感がどうしても持てないのだ。普段暮らしているいつものあの部屋と、こうして見上げているあっこが同じだとはどうしても思えないのだ。これまったく素面の時に感じたことなんですけどね、やっぱりものの考え方に薬が多少なりとも影響してると思いますね。でなきゃただのバカですからね

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