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働くことについて思うこと(小説-その1/2)

働くことについて、自分の考えを書こうとしたのですが、うまくまとめられなくて、自分や周りの人の経験を小説にしてみました。ちょっと長いですが、お付き合いいただけると嬉しいです。

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ピュアサポートケア 本社C会議室

「すごくいいシステムだとは思いますが、多分、これを運営するのは、カスタマーサービス課のほうがいいんじゃないかなと思います。課長には聞いてみますが、サポートするにも、ちょっと今、人員的にも厳しくて」

マスクをしていてもわかる情報支援課の担当者の硬い表情から、この言葉が断り文句であることを原口は悟った。「こんな下打ち合わせに、4人も参加させておきながら人員が厳しいなんてよく言えるな」と言おうかと思ったが、それも馬鹿らしくなったので、とにかく形だけ礼を言って、打ち合わせを終わらせた。

情報支援課の担当者4人が会議室を出て行ったあとに残ったのは原口と、後輩の新入社員の森の2人だけ。

「あー、くそー」

合計2時間にも及んだの不毛な会議の疲れがどっと出た原口は、机に突っ伏しながら一人つぶやいた。

「だめでしたねぇ」

彼らがほとんど内容も見ず、原口の向かいの机に置いたままにした資料を片付けながら、森が原口を慰めるように話しかけてきた。

「そうだな。カスタマーサービス課には、ついさっき『情報推進課の仕事では』って断られたところだし、もう手がないな」

原口は、何度も見てきた企画書を再度手に取った。表紙には『いつでも面会システム導入』の文字。

「うちの施設に入る高齢者さん。これがあればいつでも家族に会えるし、すごく意味のあることだと思うんだけどな」

ついつい愚痴をこぼす原口に、森が加勢する。

「そうですよ。やっぱり家族なんだから、今みたいに時間を決めて職員が準備するんじゃなくて、入居者の皆さんが好きな時に何度でも会えるようにしてあげたいですよね」

「まあ、突然、ぼくみたいな施設管理課の全く関係ない担当者がこんな企画書作ってきたらびっくりするだろうけど、それでももうちょっと寄り添ってくれてもね。だって、システムを統括している部署なのに、なんのサポートもしないなんて」

「ほんとですよね。先輩がシステムに詳しいからここまで企画しましたけど、そもそも情報推進課が企画すべきことですよこれ」

まあ、誰がしてもいいんだけどさ。気づいた人がやれば。なんだろうね、この必要性を感じながら、火中の栗を拾いたがらない大人たちは」

「そうですよ。みんな気付いてますよ。さっきも、最初はすごくいいシステムだってノリノリだったのに。自分たちの仕事になりかけた途端興味がないふりをして。みんな自分の仕事を増やしたくないんですよ」

「そうだな。この会議だってアポ取って、印刷して、すごい手間だし、参加者の人件費もかかる。ほんと、無駄な仕事だった」

いつになく弱音を吐く原口に、森は少し心配になる。

「そんなことないでしすよ。そもそも、自分の仕事じゃないのにこうやって提案していく姿、すごいと思います。だって私たちは建物管理の部署ですよ。関係ないじゃないですか。私の同期なんて先輩から『まずは断るのが仕事』って教えらてるんですよ。この間、なんで原口さんはそんなふうに前向きに働けるんだろうって話してたぐらいです」

「そうかなあ。だって、絶対入居者さんが喜んでくれると思うから、それを実現したいと思うだろ。それをするのはだれでもいいんだからさ」

「確かにそうですけど、でもなかなかここまでできないですよ」

「うーん。そうかな。まあでも、ぼくは実は会社のためじゃなくて、自分自身の楽しさを求めてやっているっていう面も大きいかもしれないけどね

「楽しさって、どういうことですか」

「えっ?働くことの楽しさだよ。自分が考えたことが実現するその楽しさ」

「毎日の施設管理の仕事ではなくてですか」

「いや、毎日の施設管理の仕事も前に進むのは楽しいけどさ、そうじゃなくて。働くことの本当の楽しさって、自分で考えたアイデアを実現していくことだと思うんだ。なんていうか、こう、ゲームをクリアーしていくような。でもそれって、人に与えられた仕事じゃそんなに頑張れなくて。人に言われたことは、まあ普通にするんだけど、それと別で、自分で課題を見つけて、自分で乗り越えていく。で、もしそれを実際に乗り越えられた時は、それはゲームじゃないから、本当にこの世の中の人たちを喜ばせることができる。これって、なんていうか、趣味とか、恋愛とかよりももっともっと楽しい瞬間なんだ。ちょっと変な言い方だけど、本当に快感なんだ」

「へぇ。そんな気持ちになれる瞬間があるんですね」

「そう、だからずっとこんなことをしている。でも、今回は流石に、施設管理課でこの仕事を進めるわけにはいかないだろうな。手間もすごいことになる。しかし、それにしても、最近やることなすこと何もうまくいかないな」

「あ、あの『ハイパーホワイトボードクリーナー』ですか。わたしあれ好きでしたけど」

森が少し笑いながら答える。職場で新しいアイデアを出すのが大好きな原口がひと月ほど前、スケジュールを書き込むホワイトボードを一気に消す大きなホワイトボード消しを考案したが、周りの評判が悪く、すぐに使われなくなってしまったことだ。

「一日の最後に全部消さないといけないから、あればいいと思ったんだけどなあ。一日10秒の改善でも1年合計すれば、大きな業務改善だと思ったんだけど」

「まあ、1年で大体35分の改善ですけどね。作るのに2時間かかって」

森がさらに笑う。

「ちょっと。ばかにしてるだろ」

「してません。とんでもない!まだ一年目の私が、まさに育てていただいている先輩の原口さんをばかにするわけないです。それに、私あの、原口さんの提案の名刺の裏のメモ帳機能は結構好きですよ」

森がいつも通り調子良く返す。『名刺の裏のメモ帳機能』も3ヶ月ほど前に原口が提案したもので、これまで真っ白だった自分たちの名刺の裏にメモの罫線を印刷しておいて、相手に何か伝えるときや、手近にメモがない時に使えるようにしたものだ。

「あれは、営業の同期から『まず、手近にメモがない時点で社会人失格だ』ってバカにされたよ。印刷屋さんに裏面に印刷しても同じ値段ですよって言われて、思いついたんだけど」

「でも、私結構使ってますけどね」

「使ってくれてるのは森さんくらいだよ。あの名刺の件も、外壁修繕の発注でばたばたしてる時に、手伝ってもらって申し訳なくて」

原口はこんな調子でとにかく職場で新しいことばかり提案している。しかし、庶務や総務の部署ではなく、本業は施設管理で、会社の所有する日本各地の建物の管理をしていて、すべて仕事の合間にしていることだ。

しかし、普段は新しいことに嬉々として取り組んでいる原口が弱音ばかり吐くので、森はますます心配になってきて、とりあえず原口の向かいに座って話を聞くことにした。

「でも、こういう提案があると、職場がすごく明るくなると思うんです。それがうまくいくにしても、いかないにしても。楽しいじゃないですか」

「楽しいか。そう言ってもらえると嬉しいな。ぼくは職場を世界一楽しい場所にしたいと思っているから

「楽しい場所。会社がですか」

「そうだよ。だって、職場って起きている時間で考えれば、人生で一番長くいる場所になるだろ。同僚と顔を合わす時間も、話す時間も家族よりも長い場合だってある。もしその職場が楽しくなかったら、きっと人生も楽しくないって、ぼくはそう思うんだ」

「確かに、一日最低8時間。でも実際10時間以上いますね」

「うん。別に仕事を一番にしろっていうわけじゃなくて、恋愛とか趣味とか家族とかとの時間を重視したい人は重視したらいいし、必要最低限の力で済ませようとする人はそれでも構わない。でもどんなスタンスの人にとっても8時間、一番楽しく過ごせる場所であれば、きっとみんなの人生が豊かになると思うんだ」

「みんなそれぞれにとって楽しく過ごせる場所か。ディズニーランドみたいですね」

「そう。実はこのフレーズはアメリカのディズニーランドの『世界一幸せな場所』をぼくが勝手に変えたんだけどね」

「ディズニーランドなら、毎日行きたいですもんね。確かに、私も本当に楽しかったですよ。クリーナをテープで繋ぐ作業も」

森が少し意地悪を言った。

「だから、あれは悪かったって。無駄なことさせちゃって」

「だからいいんですって。そのクリーナーをみんなで笑えるこの職場の雰囲気が好きなんです」

「うーん。そういってもらえると嬉しいけど。でも本当は、もっと森さんにいい経験をさせてあげたいんだ。自分がしたような経験を」

原口が少し真剣な表情になったので、森はパイプ椅子に座り直した。

===つづく===

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