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テクノロジーと文化のバランスの重要性──吉村有司さんに聞く、「テクノロジー」と「まち」

「街づくり」はとても複雑なものです。
そこに住む住民はもちろん、商いを営んでいる人、デベロッパー、行政……などさまざまな主体による活動の上に成り立っています。各々の活動はお互いに何らかの影響を与え、結果的にまちという姿で現れます。そう考えると、それらの主体が街づくりを意識することから、本当の街づくりが始まるのではないでしょうか。

「テクノロジーを利用したまちづくり」と言うと、なにかすごそうな印象を受けますが、その手法や目的にはさまざまなものがあります。
ただ、重要なのはテクノロジーの利用を目的にするのではなく、テクノロジーを利用して「どう良くしたいのか」を考えることです。

2023年に入って、ChatGPTやStable Diffusion、Midjourney、DALL-E 2など「生成AI」が話題になり、特にChatGPTは政府や多くの企業が触れざるを得ないほど大きな影響力を持ち始めているように思います。
ChatGPTの登場によってAIは触ろうと思えば一般の人でも扱えるくらい身近なものとなりました。AIは日常生活において、私たちの思考や創作を補助してくれるツールとして注目を集めています。私たちの生活に密接に関係するということは生活と強く結びついたまちづくりとも自ずと関係を持つようになってくるでしょう。その時に、AIの便利さをただ享受するのではなく、それがどういうものでどういう価値をもたらすのかを考えなければならない時が来るのではないでしょうか。

吉村有司さんは、もともとは建築設計の仕事をしていましたが、ある時からスペインのバルセロナ都市生態学庁に勤め始め、ビッグデータを用いた都市計画・まちづくりを行い、大きな注目を集めました。その後、コンピュータサイエンスの分野で博士号を取得し、MITで研究員を務め、現在は東京大学に在籍し「データを用いたまちづくり」の研究者として活動されています。
また、「Deep Learning Architect」という論文では、人工知能を活用した建築デザインの研究を実践している一方で、まちづくりにおいて「文化」などの感性的な要素の重要性も説き、自身も『地中海ブログ』というブログで「食」を中心とした「文化」についての発信を行ってきました。

そうした「テクノロジー」と「文化」について絶妙なバランスを保ちながら、建築や都市にデータを活用する新しい分野「アーバンサイエンス」の設立に奔走する吉村さんに、AIなどのテクノロジーとまちづくり、建築・都市の関係はどのように考えると良いのかお伺いします。

吉村有司
愛知県生まれ、建築家。2001年よりスペインに渡る。ポンペウ・ファブラ大学情報通信工学部博士課程修了(Ph.D. in Computer Science)。バルセロナ都市生態学庁、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年より東京大学先端科学技術研究センター特任准教授。ルーヴル美術館アドバイザー、バルセロナ市役所情報局アドバイザー。国内では、国土交通省まちづくりのデジタル・トランスフォーメーション実現会議委員、東京都「都市のデジタルツイン」社会実装に向けた検討会委員、第19回全国高等専門学校デザインコンペティション創造デザイン部門審査委員長などを歴任。

スマートシティの現在形──テクノロジーによって「何を成すのか」を考える必要性

──まずは吉村さんが現在手掛けられていることを教えてください。

さまざまなデータを分析して、その結果を建築・都市のデザインにフィードバックするということをしています。
建築や都市計画、まちづくりというのは、大きな枠組みで捉えると「社会技術」なんですね。現代はテクノロジーが進展してきたので、都市のさまざまな場所にセンサーを設置できるようになり、そこからさまざまなデータが取れるようになってきました。10年前ではまったく予想もできなかった粒度で、人びとの行動データが取れるようになってきています。
僕は建築を学んだ後に、たまたまコンピュータサイエンスの分野で博士号を取ったので、データが溢れる現代において自分が持っている技術を建築や都市に活かせると思ったんです。そうした経緯から、建築や都市にデータを活用する「アーバンサイエンス」という新しい分野を立ち上げようと格闘している毎日です。

──吉村さんがかつて働いていたスペイン・バルセロナは「スマートシティ」の先進都市として知られています。吉村さんが言われたような「データを活かす」というのはスマートシティ化への試みにも繋がると思うのですが、日本のスマートシティはどのような状況なのでしょうか?

否定的な意味ではなくてポジティブな意味で「まだ始まったばかり」という感じはしています。
僕はスペイン・バルセロナでスマートシティ化のためのプロジェクトを長く手掛けていたのですが、バルセロナが「スマートシティ」と言い始めたのは2010年頃のことでした。日本でもよく知られている「Smart City Expo World Congress」という世界最大級のスマートシティに関するイベントが立ち上がったのが2011年で、僕はそのイベントの立ち上げにも関わっていました。ちなみに記念すべき第一回目の基調講演はMIT Senseable City Labのカルロ・ラッティで、僕が呼んできました。あの当時はバルセロナという都市をスマートシティという文脈で世界一に位置付けるために、みんながとても戦略的に動いていた時代だったと思います。

スペイン・バルセロナ(写真提供:吉村有司)

それ以来、バルセロナはずっと「スマートシティ」というキーワードを掲げて都市計画やまちづくりを行ってきているのですが、テクノロジーを利用することではなく「市民生活の質を向上させる」のが最優先事項なんです。そのためにさまざまな場所でデータを取って市民に還元することが行われています。

当時、スペインから日本に帰ってくるたびに自治体や企業の方々に呼ばれて、スマートシティについての講演会を行っていたのですが、その時に彼ら・彼女らから論点として挙げられるのは交通や水道、電気のインフラなどを改善する・最適化するというお話ばかりでした。そこには「市民生活の質の向上」という視点はほとんどなかったと記憶しています。ですが、現在の日本はスマートシティへの理解がすごく変わってきていて、例えば、静岡県沼津市では「暮らす人々のQOL向上」を掲げてさまざまなサービスの展開が進められています。流れとしては良い方向に向かっているとポジティブに捉えています。

吉村さんがアドバイザーを務める静岡県沼津市のスマートシティプロジェクト「X-Tech NUMAZU」

X-Tech NUMAZU

──ヨーロッパでは市民は色々な場所で自主的に自分たちのまちに関するワークショップを開いたり、話をしたり、積極的にまちと関わろうとしている一方で、国内では、市民が積極性を持ってまちに関わろうとしている事例はほとんど見かけません。この違いについて、課題に感じていることがあれば教えてください。

課題はいくつかあると思うのですが「成功体験がまだない」というのは致命的かなと思います。

バルセロナは、いまでこそ「スーパーブロック」という歩行者空間化プロジェクトを大規模に展開していますが、そのパイロットプロジェクトとして立ち上げられたのが「グラシア地区」というエリアでした。たまたま僕はそのプロジェクトの担当になったのですが、当時は、歩行者空間化は市民にあまり理解されませんでした。どちらかというと反対意見の方が多かったと記憶しています。
ですが、その地区ではその後10年ぐらいをかけて「この地区は良くなった」とみんなが口々に言うようになりました。なぜいま「スーパーブロック」が支持されているのかというと、このグラシア地区での歩行者空間化によってまちが良くなったという「体験」があったことが大きな影響を与えていると僕は思っています。
市民がグラシア地区を見て「歩行者空間というのは、こんなに市民生活の質に影響を与えるんだ」ということを「体験」したからこそ「じゃあ、うちの地区でもやってみよう」「市全体を歩行者空間にしてみよう」という空気感が醸成されていったのではないかと思うんです。

「スーパーブロック」はバルセロナ市が掲げる公共空間に関する都市計画プログラム。2030年までに21本の緑のまち路(33km)、21区画の広場(3.9ha)、33.4haの歩行者空間の拡充等を目標としている。(写真提供:吉村有司)

ちなみに2022年11月に宮坂東京副知事や東京都の人たちをお連れしてバルセロナのスーパーブロックを実際に見てもらったんです。その時、「想像してたのとまったく違う」と言われたのが印象的でした。
日本で歩行者空間化というと、例えば銀座や神楽坂の週末の風景を思い浮かべる方が多いかと思いますが、バルセロナで行われている歩行者空間化は、根本的にそれらとはシステムも違えば雰囲気もまったく違うものなのです。現地に来てもらったからこそ分かること、現地に来なければ分からないことというのがあって「こんなにまちが良くなるのなら、日本でもちゃんと考えなきゃいけないですよね」という確認をしました。なので、やっぱり「体験」をしてもらうことが一番重要なんですね。
そう考えると、日本でスマートシティがなかなか広がらないのは、まだスマートシティによってまちが良くなった事例がないことが一番大きな課題ではないかと思います。

日本のまちづくりにはデータを扱う専門家が足りない

──吉村さんが以前発表された論文では、歩行者空間化によって飲食店や小売店の売上は上がったのか、という研究をされていました。「体験」以外にもそうした定量的な研究成果によって歩行者空間化の価値を認識してもらうアプローチもあると思うのですが、日本ではそのようなアプローチはあまりないのでしょうか?

その論文は、自分の疑問を解消するために長い時間をかけてデータを揃えて分析して書いたものなのですが、2021年にやっと出版できたものです。それによって、歩行者空間化によって街路沿いの飲食店や小売店の売上が上がることが分かりました。実はいま世界中の自治体から、その論文に関して毎週のように問い合わせが来ています。その論文をエビデンスに「自分の地域も歩行者空間化していきたい」と興味を持ってもらっている模様です。

吉村さんが発表した論文「まち路の歩行者空間化は小売店・飲食店の売り上げを上げるのか、下げるのか?~ビッグデータを用いた経済効果の検証~」。図は、オープンストリートマップ(OSM)から取得した歩行者空間の時系列変化の例。バルセロナ市とヴァジャドリッド市の2012年12月における歩行者空間の分布。

では、なぜこのような研究が日本の建築業界や都市計画業界で出てこないのかというと、それはやはり「スキル」の問題だと思います。
建築家やアーバンプランナーのなかに、いわゆるビッグデータを扱える人がまだまだ少ないのです。僕はたまたま博士号をコンピュータサイエンスで取ったので、ビッグデータを扱うスキルとしてプログラミングを扱えます。また、自身のバックグラウンドが建築や都市計画なので「都市にとってなにが必要か」という問題定義が、それなりによく分かっているつもりです。「こういう問題だったら、こういうデータを持ってきて、こういうふうに分析すれば、建築や都市計画に寄与するだろうな」とストーリーが描けるわけです。

しかし、ビッグデータを扱うことのできるコンピュータサイエンティストの多くは基本的には建築や都市を専門として学んでいません(なかには建築や都市の知見を持った方もいらっしゃるとは思いますが)。
彼ら・彼女らの多くは「データの最適解はどのようなものか」というはなしをすることが多いかとは思うのですが、「まちづくりに寄与するためにはどうすればいいか」という話はなかなか出てこないんです。それは建築や都市においてデータは「何かの答えを出す」ためではなく、「生活の質を良くする」といった目的のために用いるべきだということが共有できておらず、ズレが生じているからだと思っています。

吉村さんは建築系雑誌『新建築』が関わり1952年から開催されている住宅設計競技「新建築住宅設計競技」の「ビッグデータと都市─ウェルビーイングな空間デザイン─」をテーマとした2022年の審査員を勤めた。(新建築住宅設計競技のWebサイトから引用)

──建築や都市に特化してデータを扱う専門性を持った人材がいないということですね。バルセロナでは、そうした専門性を持った方がいるのでしょうか?

バルセロナをはじめとした欧米の都市における都市計画やまちづくり分野では、自治体が強烈なビジョンを持って先導していくことが多いと思いますし、そこで働いている人の多くは、その分野での専門家であることが多いとも思います。 
例えば、スマートシティを手掛けるにしても、スマートシティをテーマに博士論文を書いて博士号を取った人がそのポジションにいる。配置換え(異動)もあまりない中、専門性を持った集団が自治体の職員としてプロジェクトを進めていくのが欧米モデルです。

また、バルセロナには「City Architect」という、建築を含めた建造環境の隅々にまで責任を持つトップがいて、そのポジションに就くのは建築の専門的な知見を持った実務者です。例えばバルセロナオリンピックが行われた1992年前後には、ジョアン・ブスケッツ(元カタルーニャ工科大学教授)がそのポジションにいました(現在はハーバード大学で教鞭をとっています)。だからこそ、専門的な知見を踏まえた長期的なプランを策定できるという事情もあると思います。ちなみに、スーパーブロックプロジェクトの青写真が描かれたのは1980年代に遡り、最初のパイロットプロジェクトが行われたのは2005年になります。そこから20年以上を掛けてプロジェクトが進行しています。もちろんそこには紆余曲折があり、ある時期に進められた都市政策が次の政権になったら軌道修正がされたり却下されたりということは往々にして起こることはあるのですが、反対意見を含めて、住民が自身のまちの都市計画や都市環境について意見を持ち、時には大規模なデモにも発展するというところは日本の都市とはだいぶ違う側面だと思います。それくらい自身のまちに愛着を持っている、シビックプライドを持っているということの現れだとも言えるのです。

生成AIは「AIの民主化」をもたらした

──吉村さんはAIを建築・都市デザインに応用する研究にも取り組まれています。AIはこれまでに何度かブームが起こっていましたが、直近のブームはChat GPTのような対話型生成AI、MidjourneyやStable Diffusionのような画像生成AIなど、いわゆる「生成AI」の登場によって引き起こされ、一般人も含めAIへ強く興味を示すようになっています。吉村さんは、この状況をどのように見ていますか?

今回の生成AIの盛り上がりが、これまでのAIの盛り上がりと何が一番違うかというと「AIの民主化」が起こったことだと思っています。僕は生成AIの中でも、特に画像生成AIに興味があって、ここ2、3ヶ月ぐらいは、原著論文を読み漁っています。 というのも、いまちゃんとこの辺の基礎を押さえておかないと、今後置いていかれるのではないかという直感が働いたんです。

そもそもなぜ僕が生成AIに興味を持つようになったかというと、2019年に書いた「Deep Learning Architect」という論文が、去年の秋頃から急に引用され始めたことに気が付いたのがきっかけです。この論文では、プリツカー賞を取った43人ぐらいの建築家を選び出し、各々の建築の画像を何万枚も集めてきてAIに学習させ、これは安藤忠雄風、これはリチャード・ロジャース風といった建築スタイルをアウトプットとして打ち出せるようにしたうえで、どの建築家とどの建築家のスタイルが似ているのかという、建築作品の分類を定量的に行いました。

「Deep Learning Architect」AIによる建築作品の画像分析(出典:Figure2 from Yoshimura et all. 2019)

論文を発表したのは2019年だったのですが、実際に作業をしていたのは2017年ぐらいからで、ある程度の成果が出た時には「これはいける!」とかなりの自信がありました。ボタンを押すと自動的にフランク・ロイド・ライト風の建築ができあがるのですから。それを持って何件か住宅メーカーさんなどを中心に講演会をして回ったのですが、その時はまったくといって良いほど反応がなくて、「え、これのなにが面白いの?」という感じの反応ばかりが返ってきて、意気消沈したのを覚えています。
それから5年経ち、先ほど言ったようにこの論文が急に引用され始めて、当初はなにが起こったのかまったく理解できなかったのですが、引用元を辿ってみると、どうやらMidjourneyやStable Diffusionのような画像生成AIがバズり始めて、それを建築・都市に応用していくという論文が出始めているからだということが分かってきました。
実はその時点では僕自身まだ生成AIにはあまり興味は持てなかったのですが、せっかくの機会なのでと思い、論文を2~3本読んでみてはじめてそのポテンシャルに気が付くことができました。これはコンピュータサイエンスだけの問題ではなく人文系をも巻き込んだ大転換が起こるのではないかと思い始めたのです。

また、同時に生成AIで重要なのは「素人でも触れること」だということにも気が付きました。当時、僕が書いた「Deep Learning Architect」はプログラミングができないと再現ができなかったのですが、生成AIはプロンプト(=AIに対して与える指示のこと。生成AIでは自然言語を利用して指示を与えることができる)を入れると誰でも画像が生成できるようになっているんです。 

──吉村さんは生成AIの浸透によって、どのような変化が起きると思いますか?

誰でも触れるようになることで、AIの活用方法についてはよりさまざまなアイデアが出てくるのではないかというのが、いまのところの僕の見通しですかね。
まだ僕も研究中なのですが、Stable Diffusionモデルにはすごく注目しています。Stable Diffusionモデルがどのように学習しているかというと、例えば、猫の写真を正解の画像だとした時に、その猫の写真にノイズを少し加えるんです。そのノイズを加えた状態から「正解の猫の写真に戻してください」という指示を与えて、元に戻せたら正解。じゃあ、次はもっとノイズを加えて……という感じで、どんどんノイズを加えていき、元の写真に戻していくというふうに学習していきます。そうすると最終的にどうなるかというと、そのAIには「ノイズしかない空間」が与えられるわけです。
そこから、誰かが「可愛い猫」などをプロンプトとして入力すると、そのノイズしかない空間から可愛い猫が浮かび上がってくる、Stable Diffusionの生成プロセスはそういう感じのイメージなんですね。

あくまで僕も勉強中なので全体像が分かっている訳ではないという前置きで適当なことを言いますが、これは「人間のクリエイションに近いことをやってるのではないか」というのが僕の感覚です。
例えば、天才彫刻家がたまに「木の中に仏像が見える」と言っていたりしますよね。目の前にある木の中に仏像が見えて、がーっと掘っていくと、その仏像が掘り出されていくというイメージなのですが、Stable Diffusionは基本的にそのイメージに近いんです。
いままで僕にはそうしたアーティストがなにを言っているのかよく分からなかったのですが、Stable Diffusionの登場によって「なるほど、こういうことだったんだ」というのが、直感的に少しだけ理解できました。

──生成AIの影響がどのようなものになるかはまだ分かりませんが、まちにも何かしらの影響を与えるのではないかと考えています。その時に私たちのような一般人は、AIにどのように向かい合うと良いのでしょうか?

AIに対するリテラシーを上げておくことは重要だと思っています。そういう文脈でいうと、いま色々な大学がChat GPT等の使い方について発信しているのはすごく大事なことだと思います。

武蔵野美術大学は生成AIの利用についてのいくつかのルールを設定。利用を推奨しつつ、その技術がもたらす問題や可能性を自らの頭で考えることの重要性を説いている。

武蔵野美術大学公式サイト

実は、日本は「AI天国」だというのをご存知でしょうか。
AIに学習させるためには色々なデータが必要ですよね。多くの国々ではAIの学習に対するデータ利用は著作権の問題などで禁じられているのですが、日本では「学習データにさまざまなデータを使ってもいいですよ」ということが法律で言及されているんです。

早稲田大学法学部教授・上野達弘氏によれば、日本では「コンピュータで「情報解析」を行う際に著作物をコピーしても著作権侵害にならないとする」とされているとのこと。

コラム:機械学習パラダイス(上野達弘)|早稲田大学知的財産法制研究所[RCLIP]

そうした法律的な基盤があるからこそ、岸田首相とChat GPTを開発したOpenAIのCEOであるサム・アルトマンが会って「日本でAIを推進していこう」と話したのでしょう。この辺は僕の専門領域ではないので、著作権や法律を専門とする方にお聞きしたらいいと思います。

ただ、そのような地盤があるものの、ここからAIが日本でどのように活用されていくのかは僕にも予想がつきません。また数ヶ月後に聞いていただけると、違う感想を導き出せるかもしれませんが。

アーバンプランナーが大事にする「食」や「文化」

──吉村さんはビッグデータを扱った分析や「科学」的視点を建築・都市計画・まちづくりに導入することを唱えられていますが、一方では「文化」も大事にされています。先に都市計画ではテクノロジー利用が先行するのではなく「いかに市民の生活に寄与するか」を考えることが重要だとおっしゃっていましたが、そのバランス感覚を身につけるのはなかなか一夕一朝ではいかないと思います。吉村さんは海外で生活されていた時から『地中海ブログ』というブログで記事を頻繁に執筆されており、そこでは食やドラマなどの文化の話題も多く挙がっていました。このブログ運営の経験もそのバランス感覚に寄与しているのではないかと思いました。『地中海ブログ』はなぜ始まったのでしょうか?

吉村さんが運営していたブログ「地中海ブログ

始めたのは本当にシンプルな理由で「暇だったから」です(笑)
スペインでバルセロナ都市生態学庁に勤め始めたのは良いものの、スペインの自治体なので仕事はだいたい18時に終わってしまうんです。残業なんて誰もやりませんし。大体17時45分には帰り支度を始めて、18時にはもうみんないなくなる。なので、その後は特に何もすることがなかったんです(笑)

さらに夏は大体の企業が14時半か15時くらいで終業するんです。仕事が終わると、みんなビーチに行ったり、夜にお酒を飲むためにちょっと休憩したりする。そんな生活だったので、本当にやることがなかった。そしたら、ちょうどその時期(2005年ぐらい)に「ブログ」というものが流行り始めたんですよね。それで「面白そうだし、暇だし、ブログをやってみようかな」と始めたのが『地中海ブログ』なんです。 

最初は思ったことをそのまま書いていたのですが、もともと食べることや旅行が好きだったので、その体験を書いてみようかなと思って、食や文化についての記事もあげていく、いまのスタイルができていきました。

──地中海ブログには、食のような建築・都市関係なく色々な人が気になる記事が多いですよね。

これは僕の持論なんですけど、日本人が他の国で生きていく時に一番大事なのは「食が合うかどうか」だと思うんです。 
僕はたまたま地中海の料理に体と口が合ったのはすごく大きかったと思います。だからスペインに20年も住んでいられたんだと思っています。実は、2012年頃からボストンにちょくちょく行ったりしていて、研究員をするために2017年からは本格的に移住したのですが、3年程で東京に帰ってきてしまったんです。なぜかと言うと、食が合わなかった(笑)

このエピソードを話すと皆さんに笑われるんですけど、ボストンにはハンバーガーとフレンチフライしかなかったんです。しかもそれが1個2,000円とかする。「いや、このバーガーに2,000円出すのか」と思っていたところにとどめの一撃がありました。
いまでも覚えているのですが、出張でパリに行った時にエールフランスに乗ったんですけど、そのエールフランスの中で出た機内食、それが「最高に美味しい」って思っちゃったんです。 
機内食って、普通のレストランに比べたらクオリティは落ちるじゃないですか。その機内食でさえ美味しいと思えてしまって、自分の味覚の低下にひどくショックを受けて「これはダメだ」と思って日本に帰ってきたんです(笑)それくらい、食は僕にとって本当に大事な要素なんですね。

──最後に、「データを使ったまちづくり」を進める吉村さんにとって「文化」とはどのような存在なのでしょうか?

先日、東京大学でオープンキャンパスがあって、そこでテレビ番組の『しくじり先生』のパロディをしたのですが、その時に話した「しくじり体験」のひとつがあります。
実はあまりメディアでは話さないのですが、2002年から2003年にかけてポルトガルのポルトに移り住んだ時期がありました。僕がバルセロナに移住した次の年のことです。たまたま観光で訪れたポルトの地で見たアルヴァロ・シザという建築家の建築に心底感動し、「もっとシザの建築を理解したい」という思いが強くなり、その日の内に「シザの建築がたくさんあるポルトに1年住もう」と思い立って、そのままポルトガルに住みついてしまいました(笑)

『地中海ブログ』でもアルヴァロ・シザの建築を取り上げた記事がいくつか公開されている。

ポルトガルに住んでいたその時期はとても自由で幸せな日々でした。朝起きて、クロワッサンを食べて、コーヒーを飲んで、シザの建築を見に行ってということを、ただただ繰り返していました。
いま思うと、その時に「文化とは何か」「社会とは何か」「人間とは何か」を学んだんだと思います。その1年がなかったら、いまやってる、いわゆるデータを用いつつ、そこに「文化」を落とし込んでいくこと、文化の大切さをデータという切り口で見つけ出していくという視点は持てなかったと思います。やっぱり、僕にとってはそれぐらい文化とか食というのはまちの大切な一部なんだと思いますね。
(2023年6月20日収録)


編集後記
「建築や都市の専門家のなかにビッグデータを扱える人がいない」なかなか衝撃的な言葉だった。プロ同士が言語や目標を共有できていないと指摘されたからだ。普段、さまざまな分野のプロを繫いで何かに取り組む、いわゆる「座組」の大切さを意識していただけになおさらだった。また「情報分析」と「現地での体験」の重要さ。現地体験が文化の片鱗に触れるということならば、情報の捉え方や使い方も変わってくるのではないか? そんなこれからの街づくりについてのヒントをいただけたと思う。やはり吉村さんのような広い視点(AIと食を同列に語れる人は少ないのでは!)を持った方からお話を聞かせてもらうことはとても大切だ。なぜなら「気づき」と「反省」をもたらす絶好の機会であるからだ。(今中啓太)

聞き手:福田晃司、今中啓太・齊藤達郎(NTTアーバンソリューションズ総合研究所)
構成・編集:福田晃司
編集補助:小野寺諒朔、春口滉平
デザイン:綱島卓也