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【思考録】意識と本能に挟まれる -2月編/06-

 二月からの生活は息苦しく、狭苦しく、そして目まぐるしく動いた。これを書いているのは平成三十一年の二月二十一日木曜日。まだこの二月は終わっていない。最も短いはずの二月をここまで長く感じたことは、過去を探しても見つからなかった。

 担当者からの『家庭訪問』を終えた私は、しかしそんな状況にあっても「なにを」「どのように」したらいいのかが分からなかった。自己破産、生活保護、失業給付がそれぞれにそれぞれの流れで動いていて、似通った情報を求めてくるので分からなくなるのだ。

 労働が嫌いと、これまでの投稿にも書いたが同時に片付けも苦手である。掃除は出来るが『片付け』が大いに苦手であった。
 既に疲れていた。将来の不安を伴ってやってくる、空想の中の未来の肖像は灰色一色で輪郭が分からない。何も分からない。

 反抗心や嫌悪感が高まったことで一瞬、受給期間を直ちに抜けることを決意させたが、それが空の雲のように霧散するのも一瞬だった。夜が明けたら現実がそこに。

 このままじゃダメになる。早く動かないといけない。

 漫画やアニメのように困難を救うべくやってくるヒーローはいない。映画やドラマのように劇的な変化や上り調子になることはない。誰もが知っていることだ。
 だから、そうなるように自分が動くんじゃないのか? 奇跡とは仕組んだタネが最高のタイミングで且つ、最高のクオリティで発現することだ。準備が必要なのだ。

 だが凶悪な本能が今この時、とりあえず死なない現状に満足し、『現状維持』を訴える。一方で思考はとにかく次に繋げるための行動を探した。それぞれの申し立てや申告が、今どのようになっているのかを確認するのだ。

 自己破産。これは現在、私の状況を弁護士がとりまとめ、『大きな機関』に対して申し立てを行っている。それに対する返答を待っている状態だ。その間、取引履歴や通帳などの収集を求められている。ただ急ぎではないことと、生活保護初期であることを鑑みられたメッセージをくださった。優先度は他にあてても良いそうだ。

 失業給付。七日間の待期期間を終えた。生活保護をすぐに脱するためには、何かしらの収入を得る必要がある。生活保護の給付金と失業給付で得られる給付金はどちらか一方しか受け取れない上に金額も多くない。だが失業給付の手続きを進めていれば正社員に務められた際に『再就職手当』がもらえる可能性がある。これに関する日程を再確認し、就活のために履歴書の準備が必要だろう。

 生活保護。魔の家庭訪問が終わり、次の面談の日程が決まった。就労サポートをする人間と会わせてくれることになっている。その際、職務経歴が分かるものを持ってきてほしいと言われた。履歴書の学歴、職歴の項目と免許や資格の項目だけでも埋めれば良いだろう。

 やることが決まってしまった。

 他人に見せる直筆の書類ほど、面倒くささが湧き出てしまう。履歴書。郵送のための宛先、差出人欄。『踊る人形』ほどではないが、私が書く字は躍っているかのように見える。
「楽しそうだね」なんておかしな評価をもらったこともある。

 楽しい、か。ここ最近、楽しいなんてことがあったか? 趣味すら楽しくない。料理は食材が選べないからバリエーションもなく、最低限。ガス代を抑えるためにレンジの頻度が高くなり、火力と香りを楽しめていない。すっかりくたびれた服は買い替える余裕がない。食器が割れた。買い足すのにもためらいがある。

 なあ、それでも。それでも私はここに居たいのか? このままでいいのかよ、え? 死なないけど生きてもないぞ。テレビで流れたアニメの歌のように、「あんなこと、こんなこと」を思いながら「やりたかったけどねー」なんて、それでいいのかよ。納得できるのか?

 どうせこう思うんだぜ。
「あの時ねえ、やっとけばよかったんだよねえ」

 なんでわかるか? 今までそういうことがあったからじゃないか。無意識に感じるヘビー級の圧なんか気のせいだ。面倒くさがってるだけで、それで疲れて鈍重なだけ。そうだろう? 動いて得た結果は納得するが、動かなかったことの結果にはいつだって不満を漏らす。

 動かなかったのは自分なのに!

「学歴……」
 学歴と職歴だけ分かってりゃあいい。名前と住所はとっくに把握されてる。あと免許と資格。資格は、もう失効してはいるが書いとけ。
「職歴……」

 息巻いているのは意識だけ。身体はのろのろとして、平成のいつだったかをインターネットで計算させたり、とりあえず丁寧に見えるように文字を書く。
 早く、早く脱しないといけない。『現状維持』をと思っていた本能すら、警鐘を鳴らし始めた。

 生きながらに死ぬのは本能ですら嫌がっているように感じた。

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