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【体験録】目に見える物が全てではなく -2月編/24-

 移動費を節約するため、私は徒歩か自転車をよく選んだ。片道徒歩一時間前後であれば徒歩を選ぶ。ただし、予定に間に合わなさそうならその限りではない。こっちは金がないのであって、時間はあるし歩くだけの体もある。

 意外と一駅分歩くだけで百円ほど金額が変わることもあり、存外ばかにならない。

 自転車の置き場所だけ、前もって目途を立てておけば良い。放置自転車の回収時に払う手数料三千円は非常に痛い。(この金額は、もしかしたら地域差があるのかもしれない。)

 ボイストレーニングを受けている私はこの日、そんな思考で移動していた。片道、四十五分ほど自転車で移動し、十五分ほど電車、そのあと五十分ほどかけて徒歩の移動。

 なに、そのくらい平気だ。私は軽い気持ちでいたが、妙な胸騒ぎを感じていた。

 妙な胸騒ぎを感じていようが、思い過ごしだろうが予定は予定だし、やりたくて続けていることだ。確証のない不安で足を止めたくなかった。なのだが、結局移動時間は余計にかかってしまって五分ほど遅刻した。

 しかしこれで気づくべきだった。

 皆さんはカラオケは好きだろうか? 嫌いでも構わない。カラオケはカロリーを消費する。そう、声を意識的に出し続けることは体力を使うのだ。

 ましてトレーニングである。

 私は。
 目の前がぼんやりと暗くなり。
 胸が苦しく。
 肩が重たく。
 息が出来ず。
 立てなくなった。

 レッスンは一時中断。がっくりとして崩れた私が、駆け寄った先生を見上げたときの第一声は忘れられない。

「あらやだ、真っ青!」

 貧血だったらしい。持ち込んでいた茶を飲み、頂いたカンロ飴を舐めて回復を試みる。だが椅子に座るのが大変に辛く、結局横になってしまった。
 ついでに白湯と余り物の焼き八つ橋をさらに頂いて、五分か十分だろうか。ようやく持ち直した。それでも立って発声練習を行うことが出来なかったため、椅子に座り、その姿勢を指導されながら開口練習を行った。

 なんとも情けない話である。

 大丈夫だと思っていたのは本当に思っていただけで、身体の方は長距離の運動に備えるだけの体力なんてなかったのだ。寝てはいるので、恐らくは削っていた食費だろう。

 さらに笑えない話だが、これを書いている三月十日現在、レッスン中にこの症状に襲われたのは二回であった。しもやけと診断した皮膚科の先生と同じことを、このボイストレーニングの先生からも指摘されてしまった。

「ちゃんと食べなさい!」

 いや、私は割と食べているつもりなのである。

 貧血対策の食材を頭のなかで浮かべるが、胃もたれのような気持ち悪さが襲ってきてすぐに中断してしまう。
 この出来事は「朝が起きられない」という理由で血液検査を行ったばかりのことであった。

 そこでも内科医から、「検査のために来院出来るなら調子がいい時。調子が悪い時は動けないので検査が出来ない」と、冗談のような話を聞いた。なんだそりゃ、と思ったがまさにこれだ。顔を青くしたタイミングで病院に行けるものか。そうやって体調をコントロールできるなら、医者も病院も医学もないのだ。

 ひとまず、今のところは大移動さえしなければその貧血症状は表れていない。私の思っていた以上に体力は低下していたらしい。メンタルだけでも自力で持ち直せはしたものの、体力だけは気合などというファンタジーでなんとかなる話ではない。

 金額を気にして肉類、魚類を敬遠していたのも悪かったのだろう。

 死なないための生活から、生きるための活動により本格的に切り替えていかねばならない。食材だ。

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