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光る髭


レース越しにうっすらと
円い鏡の見える出窓は
雲の螺旋階段ではなかった
月から吊り下げられた
ゼラニウムの鉢でも
コスモスの咲く庭でもなかった
ただ私を送り出す人が
立つためにある出窓
 
朝の舗道を歩く
それぞれの
靴跡は剥がされて
風の波紋を漂っては
消えて行く方向へ
顎先は誘われて
剃り残しの髭の二つ三つに
鈍く光るものを触知して
ふと佇む
灰色の敷石のうえ
 
花はもう
散り果てている
代わりに芥が
花を模写して舞い踊る
それは小さな
螺旋階段であり
街路樹に降り注ぐ
空の青さに
溶けてゆくけれど
もっと深いところに
縫い込まれた
人の声を焦がれるなら
靴跡はさらに
剥がされて
 
顎先を元の位置に戻しても
街の肌合いをなぞる
指腹の触感が
ひんやりとして寄る辺なく
遠ざかって行く声を
手探りしても
光の強さに邪魔されて
二歩、三歩より先に
歩み出ることは出来ない
 
細切れになった
街の像と
光る髭の感触と
かすかな疼きに
早々に見切りをつけて
私を送り出した人の立つ
出窓のある家に引き返して
光る髭を剃り直そう
 





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