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ひとときわたしは荒れ地にて   #シロクマ文芸部 短編

約2000字



新しい学校へ年明けに、わたしはまた転校する。

親の都合だ。やだ。

だからわたしは、また学校に登校するふりをして、冬の晴れた今日も『荒れ地』へ向かったんだった。

わたしは荒れ地と、そう言っていた。

自転車に乗って、町からほんのすこし外れたところに、すぐ現われるそこは本当は荒れ地というのは適切ではなくて、広大な農地、おもに田んぼがひろがっている。ひとが生活してるとこなんて、この町のほんのすこしの部分だ。

田んぼと、なにかの資材が適当に放りなげられたような場所と、あと、ところどころに小さなビニールハウスがある。これがこの町のわたしが言う『荒れ地』の構成要素のほとんどだったと思う。

同級生たちはたぶん知らない。みんなの行動するところはだいたい人のいるところ。荒れ地を教えることなど思いつきもしなかった。みんなどうでもいいだろう。

いま、冬だから、このあたりの田んぼエリアは見わたすかぎりガサガサした土と雑草しかない。すっごくひろい。

その田んぼのどまんなかで、わたしは制服のコートを着たまま、ゆっくりと横になる。

そのまま冬の太陽の下で、ただ呼吸をする。

農家のひともいまの時期はほとんど来ない。できるだけ広い道から離れて、あぜ道をがたがたと自転車を押してよっこいしょって、荒れ地のフィールドのまんなかのまんなかへ来ることが大切。

そしてらまんなかだし、ひとに見つからない。たまに見つかって、なんか言われたらムクって起きて、

「ひる寝してるだけです」

そう言えば、みんな、あぁそうですか、みたいな感じになった。あんまりそういうことは無い。知らない変な子どもに関わりたくない、みたいな。うん、わたしも関わってほしくない。

わたしに用事をつくんないでほしい。

ただわたしは、とんでもなく広い、広い、この町のはずれの片すみで、いまの季節は誰も用がない土のうえで、お日さまの光をうけながら、横になっている。わたしのあたまのなかは、いま、なにもなくなった。

すこし目をあける、青空が見える。雲が無い。向こうを見れば巨大な鉄塔たちがみんなで電線を支えて、あっちから、そっちへと、連なっていることを知っている。知ってるだけ。

また目をつぶる。

日ざしがあたたかい。いま何時かわからないけど、太陽がけっこう上にあったから、正午くらいだとおもう。

鼻のさきに、じわじわと土の匂いがしていることに気づいた。十二月だから乾いてるようにみえるけど、掘りおこせばずっとふかく、深くに、水を蓄えているのかもしれない。

それが太陽にあたためられて立ち昇って、土のあいだを通りながら様々なにおいを摂取して、ゆらゆらとした気体としてわたしのからだの近くに届けられて、通り過ぎ、大気といっしょになって青空のなかで、またうやむやになる。

その感覚にいま触れている。

すこしまた移動すれば町があってすごく人がいる。

ばかばかしくなる。

ここにいると、こんなにうれしい。

ばっさん、ばさ、ばさばさん。

いまの音は鳥。サギがはばたいて土のうえに降りた音。

彼らは白くて、大きく、ほとんどいつもひとりでいる。なにかが関わろうとすると逃げる。土をほじくり返したりしてたりしている。冬眠してたカエルとか食べてるのかもしれないけど、わたしは関わらない。

サギたちの生活と、わたしがここで横になっていることは、断絶してるほうが、気持ちいい。

すこし起きてみる。サギがいた。彼はじっとしている。わたしはちいさく手を振って、またわたしは寝た。

もし彼が近くにきたら、わたしがふつうにニャァアーと言うと、サギたちはびくってして向こうに行く。べつにガウガウーでもいいけど。

言葉なんて使いたくない。おたがい動物なんだから、それなりの声を上げたらいいんだ。

目をつぶる。そしたら、ああ、くやしい、音がする。

ロォ、ロォン、ブロ、ブロロォ、

ブロンブロン、ブロロロ、ブロロロンブロン、ブロブロ、ブロ、ロォン、

ロォン、ロロォン。ロン、ロン。

車が近くに止まった。めったにないのに。

もういいや。からだを起こす。

見たら畦道のうえで、おじいちゃんのような、おじちゃんのような、農家っぽい格好のひとが軽トラの横に立って、わたしを見ている。

わたしをお辞儀をした。制服の土がついたところをはたいた、立ち去ろう。

「おじょうちゃんさ、あの、たまに田んぼのまんなかで寝っころがってて、それってなになの?」

ほんとに農家のおじちゃんっぽいイントネーションだった。

「すみませんでした。来年から別の町へ転校するんです。もう来ません」

「いやそういうことじゃなくて、あ、カブあんだけど持ってきなよ、カブたくさんあんのよ、カブ」

そうしてわたしはカブをひと束持たされた。ありがとうございます、失礼します。


なんだろうこれ。

おじちゃんはわたしを、ぼうっと最後まで見てた。なんだろう、この子は、みたいな。

おたがいさまか。

まだ昼だった。自転車の前カゴに、鞄とカブを乗っけて、あぜ道をがたがたと押して歩く。

このあと、学校に行こうか。カブを持って。

家に帰ってもいい。カブを持って。

なんだか、こういうの、ぐふふふ。

風がつめたくなってきたように感じた。

さあ、

どうっ、しようっか、なぁ。



初稿掲出 令和六年一月八日 夕方


シロクマ文芸部に参加させていただきました。

ありがとうございました。


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