見出し画像

金の重み

時計好きとしては一本は金無垢の腕時計が欲しい。
みんながみんなそうではないだろうけど、僕は金色の時計に淡い憧れがある。
金一色は流石に下品だけれど、装いの中に金色を程よく散りばめる(ペンやブレザーのボタンとか)のは中流階級が演出できる精一杯の品の良さムーブだと勝手に思い込んでいる。

とはいえたまに下品に金色を取り入れたくなる
TIMEX LCAはリーズナブルにトニー・ソプラノごっこができる
最高のアイテムだ

社会人3年目を迎え0.2皮くらい剥けた僕は一大決心をした。
24歳の若造が身分不相応な金無垢時計を手にすることに決めたのだ。
人生で初めて自腹を切って購入したのは50年代のオメガの金張り。
質感や見た目に関しては満足だったけれど、やはり純粋な金でできた時計に対する憧れを我慢できなかった。

ステンレスに金を被せた金張り時計
現代では聞かなくなった技法だが、「庶民のための高級金時計」だったのだろう

条件は「金無垢で角型で手巻きでドレッシーな時計」
今のところコレクションにない時計の要素を集めた感じだ。
政府による10万円の支給が未成年にしか行なわれないことに憤慨し、意地でも冬のボーナスを海外に流出させてやろうとchrono24を物色した。
しかし心底惚れたティファニー銘のモバードがボーナス支給の一週間前に奪われ、意気消沈していた頃に運命の相手が現れた。
またしてもオメガである。しかも結局国内のお店の一本だ。

時計のホワイトキングスさん
ヴィンテージのオメガを中心に扱う渋いお店だ

ティファニーをどこの馬の骨とも分からない第三者に寝取られ、いっそのことカルティエのマスト・タンクにしようかと思っていた。金無垢ではなく銀無垢に金メッキをした時計だが、欠点の付け所のない美しい一本だ。後悔はしないだろう。
そんな中Twitterに流れてきた「オメガの金無垢の最高峰はOM」と豪語するホワイトキングスさんのツイートが目に留まった。

僕の要求する条件を全て満たすオメガ デ・ヴィル
スタイルもタンクにそっくりだ

OMと言う聞きなれない言葉がどうにも気になり、調べてみるが全く情報が出てこない。ようやく見つけた海外サイトには「ケースだけでなく、文字盤やインデックスも金無垢素材で作られたモデル」と書いてあった。

初めての金無垢時計、この一本にしなければ後悔する。何の根拠もなくそう思った僕は、ティファニーの二の舞を踏んではならぬと即購入を決意した。
おおよそ褒められた行為ではないが、業務時間中に職場を抜け出して給湯室でクレジットカードの番号を打ち込んだ。税金泥棒と誹りを受けても気にしない、全ては将来の伴侶と出会うためだ。

感動の対面だ
無駄を削ぎ落としたケースの形と豪奢な文字盤の対比がいい

1ヶ月の整備を受けて我が家にやってきた14金のデ・ヴィル。あまりの小ささに驚いたが、70年代当時の基準で言えば十分にメンズの範囲内だ。
竜頭は時間の調整のために引き出すとき以外はケースの側面に収納されている。自分の立場をわきまえているのは好感が持てる。

シルエットはシンプル極まりないが、文字盤にはゴージャスなギョーシェ彫りが施されている。
僕の中では常に「時計はシンプルであればあるほどいい」派と「ある程度の下品さは必要」派が不毛な言い争いを続けているのだが、このオメガは見事な折衷案を示してくれた。
存在感はあるが嫌味はない。絶妙なバランスではないか。

恐る恐る華奢なオメガを手に持ってみる。
そこで初めて金という素材の魅力を思い知った。人類が何故これほどまでに黄色に光るだけのこの金属に魅力されてきたのか理解できなかった。
そこには独特の輝きや希少価値はもちろん含まれているだろう。だが本質は「重さ」だったのだ。

とても薄くシャツの袖に上品に収まってくれる

このオメガはジャンルで言うとドレスウォッチにあたる。カフスの中に潜み、ご主人に呼ばれた時だけ顔を出す慎ましい従者だ。そのためには小さく薄くなくてはならない。
この時計はその小ささと薄さに見合わぬ重みを感じさせる。
「私はあなたのパートナーであり、資産です」そう言っているような説得力があった。

もしこの淑女がごく普通のステンレスでできていたならば、あまりの軽さに袖口から滑り落ちても気づかず、帰宅してからさめざめ泣く羽目になるだろう。
でもこのオメガはそうはならない。決して出しゃばらないが、常に手首に存在を意識させられるのだ。

最後に時計として肝心の精度だが、特に測っていないし気になることは永劫無いだろう(お店によると日差±30秒ほどらしい)
この一本は「時間を知るため」ではなく「眺めるため」の時計だ。

あまりにも長い平日の午前、あと何分で昼休みかと袖口をめくる。
そこにあるのは見目麗しい金色のオメガ。数秒見惚れて袖を戻す。
あれ、何時だったっけ?ともう一度袖をめくるまでがルーティンだ。

この記事が参加している募集

買ってよかったもの

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?