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テツガクの小部屋16 小ソクラテス学派②

アリスティッポスはソクラテスの「よく生きよ」を「快く生きよ」という意味に解し、そこからこともあろうに極端な快楽主義を唱えた。ソクラテスの「よく生きる」は「善く生きる」こと、すなわち有徳に生きることを意味すると同時に「快く生きる」こと、すなわち幸福に生きることも意味している。アンティステネスは前者の面をとり、ソクラテスの命題をその方向において極端化し、徳を人生唯一の目的として快を捨てたが、アリスティッポスは後者の面を捉えて、ソクラテスの命題をアンティステネスとはちょうど逆の方向にやはり極端化したわけである。彼は快を人生唯一の目的とした。

アリスティッポスはその快楽主義をプロタゴラス風の主観主義的認識論によって根拠づけている。彼は感覚(パトス)と、我われの外にあって我々を触発する物自体とを区別する。このうち感覚だけが我々に現れている。外にある物自体は、確かにそれが感覚の原因であろうが、それ自身は我々の表象ではない。ここから彼は、我々が知るのは我々自身の主観的な感覚(パトス)でしかないと結論した。

彼はこの認識論的主観主義からただちに倫理的主観主義を帰結する。つまり行為においてもただ感覚しか基準となしうるものを我々は有していないことになる。ところで感覚が教えるのは快か苦か、そのいずれでもないか、のいずれかである。それゆえ彼は快を善、苦を悪とした。また感覚は現在的である。それゆえアリスティッポスは幸福をむしろ退け、現在のこの瞬間における個々の肉体的、感覚的、積極的な快を目的とした。これはギリシャ思想上において説かれた最も極端な快楽主義思想である。

しかしアリスティッポスもさすがにソクラテス学徒の一人であり、識見の意味を説いている。しかしそれは識見のもたらす利益のゆえであった。一般に賢者は快楽に満ちた楽しい人生を送り、愚か者は苦しい人生を送るという。アンティステネスは「所有する者は所有される」と考えたが、アリスティッポスは「所有しても所有されない」ことを身上とした。

彼の教説は娘のアレテと、彼女の息子のアリスティッポスに継承された。彼の学派はキュレネ派と呼ばれる。また無神論者テオドロスと、死を勧める人へゲシアスがこの学統に属する。これは快楽主義が最終的には無神論や悲観主義(ペシミズム)に結果することを歴史的に示したものとして興味深い。

参考文献『西洋哲学史―理性の運命と可能性―』岡崎文明ほか 昭和堂
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それはそうだろう。極端な快楽主義は、刹那主義的でもあるので、それは即、悲観主義にもつながる。刹那の快楽を求めて生きるのだから、神の登場もないことになる。ソクラテスの「よく生きる」もしくは「善く生きる」をどのように「快く生きる」に変換させたのか、ソクラテスの文献はないし、小ソクラテス学派については一冊も原典を読んでいないので、その詳しい経緯がよく分からない。ただ、同じソクラテスの流れをくむ学派でも、正反対の主張をしたキュニコス派と比較するのは面白い(前出テツガクの小部屋15参照されたい)。

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