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数値化できない部分に挑戦する

 近頃、「数値化の〇」とか、なんでも数値化することが流行っています。数値化すればするほど、組織は崩壊するとともに、業績はきりもみ状態で失墜するのです。

 脳波には、「顕在意識の領域」と「潜在意識の領域」があります。「顕在意識の領域」はたかだか15%で残り85%は「潜在意識の領域」です。数値化できるのは実は「顕在意識の領域(見える部分)」で15%にも満たないのです。残りの85%「潜在意識の領域(見えない部分)」は数値化できません。

 数値化できることに躍起になると数値化できないことを無視します。実は数値化できないものが一番重要なのです。

 チェーンストアと地方スーパーは別の生き者です。

 チェーンストアでは、何から何まで数値化して、それをマニュアル化することで、経験や知識がない人でも運営できることが正しいとされています。

 ところが、スーパーマーケットの主力商品である生鮮品は数値化できるのはごく一部だけなのです。

 野菜の美味しさ、野菜から出る香り、果物の色艶、形から出るオーラ、匂い、食感、鮮魚の鮮度、脂の乗り、豚肉の甘みなどは数値化できません。野菜は産地や収穫する時期により美味しさが異なります。

 野菜は収穫してもしばらくは生きていますから、生きている野菜は香りがします。数値化できるのは果物の糖度ぐらいです。果物は仏像の光背のようにオーラが出ています。オーラは見える人と見えない人があるようです。西瓜のシャリ感、リンゴのシャキ感を数値化するのは不可能です。

 魚は活〆か野〆かにより鮮度が異なります。ウロコ、エラを見ることで鮮度が分かります。またお腹の具合で鮮度が分かります。鮮度は刻々と変化しますから数値化は不可能です。

 養殖本鮪は確かに脂がのっていますが、脂が乗りすぎて香りがありません。一方で天然の本鮪は適度の脂がのり香りがあります。本鮪の香りは数値化することができません。

 このように数値化できないものは「ノイズ」として処理されます。数値化できないものは価値がないものとして見なされ、効率化の対象となります。

 チェーンストアでは、ブリはラウンド(丸)で仕入れるのではなく、真空パックされたフィーレで仕入れます。だから、チェーンストアの魚売場にはブリのアラがありません。マグロは冷凍をサク取りしたものが納品されます。生本鮪をロインで仕入れる地方スーパーはブロックやブーメランカットが並びます。

 効率化が行き着く先は、生鮮の「プロセスセンター化」です。調理工程はすべてセンターで一括処理され、店舗では並べるだけです。

 効率化を目指して数値化すると、あらゆる企業が同じ売場になります。季節感、地域の特殊性、従業員の個性(タレント)、切身の厚さ、盛り付けの美しさ、POPの伝わり方、陳列の工夫など数値化できないものは無視されるからです。

 私は、スーパーマーケットの業績は数値化できない部分に多く依存していると思います。生鮮の特殊性と地域の特殊性、従業員の個性です。

 生鮮の特殊性とは、生鮮は工業品のように規格化できにくいからです。ある程度なら規格化できますが、それ以上はバラツキが大きいからです。たとえば、同じAランクでも雌牛か去勢牛か、月齢32ヶ月かそうでないか、サシの入り方が細かいコザシか粗ザシで美味しさは異なります。

 地域性とは、同じ東北でも、太平洋側と日本海側では食べる魚種が異なります。秋田では欠かせないハタハタを太平洋側では食べることがありません。

 従業員の個性とは、対話の仕方、商品知識、愛想のよさにお客がファンになるということです。ファンは御贔屓さんと呼ばれ、個人につきます。今ではSNSでつながり数千人のフォロワーがいる販売員もいます。

 数値化できるのは「顕在意識の領域(見える領域)」、数値化できないのは「潜在意識の領域(見えない領域)」と考えてはいかがでしょうか。「顕在意識の領域」15%だとすると「潜在意識の領域」85%です。つまり、数値化できるのが15%、数値化できないのが85%あるのです。  

 脳波には顕在意識の領域と潜在意識の領域があります。顕在意識の脳波はベータ波(イライラ・カリカリ)ですが、潜在意識の脳波はアルファ波(リラックス)、シータ波(瞑想)、デルタ波(熟睡)です。

 売上げ予算、粗利益予算など上司がゴリゴリ部下に要求すればするほど部下はイライラ・カリカリします。業績を上げるための部下の気付きや創意工夫、そのプロセスでさえ、数値化の下僕である上司は認めないからです。

 一方で、会社の業績は数値化できない部分の依存することを知っている経営者は、部下を怒ったり、怒鳴ったり、怒ったりしません。ニコニコしながら優しい言葉を投げかけ、従業員が創意工夫して新しいことに挑戦することを奨励します。従業員は数字から解放され、リラックスして、面白がって、あらゆることに感謝しながら新しいことに挑戦するのです。

 天然の生本鮪を丸ごと仕入れて、脳天、ほほ肉、目玉、顎肉、中落ちなど希少部位を売り込む、コチやスズキ、真子ガレイなど白身魚をサク取りしてお造りにする、殻付き生うにを捌いて、「ミョウバンが入っていない本当のウニの味をお楽しみください。ウニ嫌いなお子さんもウニ大好きに変わりますよ」とやる、ブリを厚く切る「イナズマ回転切り」をお客の前で実演するなどです。

 従業員がリラックスして、おもしろがって、うれしがって、楽しがりながら仕事をしていると楽しい波動、ワクワクした波動を発信します。それを受信したお客も楽しい波動、ワクワクした波動を発するのです。売場は楽しい波動、ワクワクした波動で充満し、「あなたから買いたい」「私に売ってほしい」となるのです。

 チェーンストアでは、人間の能力も数値化しようとしました。新入生は、チェーンストアに入社前もしくは入社直後「適性検査」を受けます。適性検査でわかるのは、職能、職業興味、性格です。例えば、職能は①管理者向きか②ワーカー向きかに分かれます。①管理者向きと判定されると、その後年次やキャリアによって階層別訓練が施されます。②ワーカー向きと判定されれば、学習・訓練する機会は与えられず、ひたすら会社からあてがわれた業務をこなします。②ワーカーに教育を施すことは無駄と考えるからです。

 だとすれば、チェーンストアでは、顕在意識の領域でしか能力を開発できないことになります。これは愚かなことです。②ワーカー向きと判定された人でも、ある日、ある出来事を機に顕在意識の領域の能力が開花し、別人間になるかもしれないのです。そのような可能性を端から放棄しているのです。これは人間の可能性に対す冒涜です。

 階層別教育も同様です。商いで一番重要なのはお客と最前線で接する売場の担当者です。その人たちに「利他の心」を教えるのが先輩、年長者の役割です。お客にとって、管理者はまったく関係ないのです。現場よりも管理者の方がエラいとか生殺与奪の権利があると教える教育は間違っているのです。

 ビッグモーター事件では、「環境整備点検」が話題になっています。「環境整備」とは、社長が一心不乱にトイレ掃除をすると驕り高ぶりの心が消え、社長が「潜在意識の領域」にアクセスし「超能力者」になるのです。

 「環境整備」を従業員が自発的に行えば、従業員の頭がスッキリするだけでなく、「利他の心」が芽生えます。心がリラックス(脳波がアルファ波、シータ波、デルタ波)して「潜在意識の領域」に踏み込むからです。

 強制すると従業員の心はイライラ・カリカリし、脳波がベータ波になります。「15%(顕在意識)の領域」です。イライラしている状態は、「憎む」「恨む」「呪う」「腹を立てる」「怒る」「怒鳴る」「威張る」ようになります。

「環境整備点検」のように「環境整備」を数値化すると、イライラ・カリカリし脳波がベータ波となり、「潜在意識の領域」にアクセスは困難になるのです。

 数値化の下僕となることは、周りの人を不幸にする悪魔の下僕となることなのです。

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