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消えゆく僕 

 福音を授かるようにして、出口が不意に照らされた。いつかは降車しなければならないこの電車から、一体僕はいつ、どのようにして降車するのか。もうだいぶ加速してしまって、無防備に飛び降りれば重傷を負いかねない、しかし停車の気配もないから僕をどこまでも運んできてしまったこの暴走列車、もうどこを走っているのかも分からない、僕の不安を煙に変えて駆け抜けた暴走機関車、その名を青年号。どうもその走りに陰りがあった今日この頃は、タイヤの異音、煙の異臭、他の乗客と僕の表情の間に認められた異和、きっと他の乗客はまだその以上に気づいていないけど、僕はそれを確実に感知した。
 ある日、風呂で突然感じた孤独感、さらには死の予感。僕はおかしいなと思った。だって、そんな孤独な日々を送っていたわけでもなかったし、その時何か大きな懸案を抱えているでもなかった。でも、僕はついにその正体を見破った。僕は、青年としての僕が、終わろうとしていることに気づいた。この列車に永遠に乗り続けることはきっと誰にも許されないことは分かっていた。いつかは別れを告げなければならない青年としての自己、まだ遠いと思っていたその終わりが急に見えた。列車が速度を落としていることに気づいた。僕を降ろすために。この列車に扉があることに、初めて気づいた。他の乗客には見えていないのかもしれない。この列車、それはほとんど自我そのもので、また僕を世俗から隔てた壁そのものだった。だから、これを降りるということは、つまり出家のちょうど逆、世俗に降りていくようなもの。永遠に眺め続けるだけだと思っていた世界に、ついに降り立つわけだ。僕の覚悟の問題ではない。僕を取り巻く環境、僕の経済社会的位置付けが、近いうち僕の青年という称号を不可能にするのである。だから怖くて、また寂しくて、死の感覚をも覚えるわけだ。だって、青年としての僕が終わることはほとんど、僕自身が死ぬようなものだから。風呂の鏡に、長い髪が写る。この誰にも意味の分からない長髪は、乗車券みたいなものだ。こんなものは、列車を降りたらきっと不要になる。注意深く観察すれば、ささやかな変化があった。酒をよく飲み交わすようになった。皮革のベルトでもステンレスのベルトでもなく、ラバーストラップの時計をつけるようになった。革靴でなく、軽量スニーカーを履くようになった。ジャケットではなくジャンバーを羽織るようになった。こうしたことのすべては、後者のための身支度なんだと思われる。新しい世界のエチケットを、少しづつ反映して、どうやら僕は世俗に紛れる準備をしている。憧れ続けた「普通である」権利が、少し先にちらついている。青年としての僕のことを、僕自身は深く愛していた。そんな愛の対象が、消えようとしている。この長い髪を切って、ごく普通の髪型に戻った時。ついにその身なりの尋常でない感じが消えて世俗に飛び込む準備が完了した時。そんな自分との別れの瞬間を思って寂しくなった夜に聞いた玉置浩二の「行かないで」があまりに沁みた。


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