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北の赤い星からの便り(5)

祖国日本では天皇陛下の容態がかなり悪く、噂では年内は持たないのではないかと言われていると、あたしは新発田(しばた)研究員から聞かされた。

ソウル五輪が終わったころの話である。
鈴木大地が100メートル背泳ぎで金メダルを獲得したのが記憶に新しい。
日本は竹下登首相のもと初めて消費税が導入されるとのことで政局となっていた。
リクルート事件により政治家の引責問題で内閣改造を余儀なくされる年末だった。

あたしは、開城(ケソン)の科学技術工廠の宿舎に小暮秀子さんと暮らすことになった。
ウラン鉱床が北朝鮮と中国の国境付近の山岳部で発見され、イエローケーキを大量に保有することになったのは、あまり知られていない。
この技術には中国のブレインが投入された。
中国政府はこの埋蔵量に驚きを示し、北朝鮮の強い後ろ盾になろうとする動機付けになったのだ。
六フッ化ウランは昇華性の固体で、約56℃で昇華する。
この性質を使って精製するのだ。
あたしと小暮さんは、その研究にまず着手していた。
その前に六フッ化ウランを得なければならないけれど、韓丘傭(ハン・グヨン)博士がほぼ二酸化ウランより四フッ化ウラン(グリーンソルト)を経て六フッ化ウランに至る工程を確立していた。

あたしは「液・液抽出」という古典的な方法が、もっともイエローケーキを精製するのに有効だということにたどり着いた。
石油エーテル(ヘキサン主成分)と水の二層の間で、イエローケーキ中の六フッ化ウランを分配させて濃縮するのである。
まずイエローケーキを硝酸酸性の水に溶かし硝酸ウラニル水溶液として分液ロートに注いで、その上に石油エーテルを入れる。
このとき石油エーテル側にトリブチルフォスフェートを溶解しておくことが肝要である。
この二層に分かれた液を激しく振とうし分散液にして静置すると、再び二層に分かれるが、硝酸ウラニルが溶けた水層から不純物が石油エーテル側に分配されて、精製されるのである。
石油エーテル層を新たに変えて、何度も振とうして精製する。
小暮さんは、硝酸ウラニルの「脱硝」という工程を担ってくれた。

あたしたちは、二人で昼夜兼行で作業に従事した。
この精製工程では被爆してもわずかであるから、あたしたちはあまり気にしていなかった。

夜遅くに帰っても、なかなか寝られない二人は、お風呂に入ってお互いの体を慰め合った。
「秀ちゃん…」
「なおぼん」
男にはわからない性感帯への巧みな刺激の加え方を、次第にに体得していく。
「ああん」
狭い風呂場に、快楽の声が響く。
バスタブの縁(へり)に座るあたしを、しゃがんで秀子が陰核をついばむ。
「あひ…」
あたしは、自分で乳房をもみしだき、勃起した乳首を指先で転がした。
外は雪がちらついているはずなのに、宿舎はロシア製ヒーティングがめぐらされ、快適に過ごせた。
洋式便器と一緒になった三畳ほどのバスルームに熟した女二人が立ったまま絡み合っている。
「秀ちゃんの唇、かわいいわ」
「なおぼんの目、キラキラしてる」
「おまんこ、ぐしょ濡れよ」
「やだ、なおぼんったら」
「男の子、欲しくないの?」
「欲しいけど、いい」
ビーバーのようなかわいらしい前歯を見せて笑う小暮秀子だった。
背は、あたしより少し低いから、あたしが見下ろすように唇を重ねる。
首を後ろに折って、濡れた髪を額に貼りつかせ、幼さを残した秀子はあたしに身をゆだねる。
「ほらほら、倒れちゃう」
「もう、だめ…つづきはベッドで…ね」
あたしたちは、濡れた体をタオルで拭いて、暖かい部屋に戻った。

寒いとお酒が進む。
あたしたちには、ウォッカが配給されていた。
水はそのままでは飲めないと言われているので、かならずやかんで湯冷ましをつくり、それでお酒を割るのだ。
キリル文字(ロシア語)のラベルは、新品でも剥がれかけている。
どこの工場で作られたのかわからない有機溶剤のようなウォッカが手放せない。

病院にあるようなベッドであたしたちは寝起きしていた。
そこに裸でふたりして倒れ込む。
触ってとばかりに、M字に開脚してあたしはとろりとした目を秀子に向けた。
秀子はいそいそとあたしのぱっくりと開いた花びらに舌を這わせ、汁を舐めとり、塗りひろげる。
陰毛が噛まれ、じゃりじゃりとした感触が恥丘を伝う。
秀子の鼻の頭がクリをつつくのは、偶然だろうか?

明日も早いのに、あたしたちは耽溺(たんでき)していった。

もう祖国日本には戻れないほど、心身ともに病んでしまったあたしたちであった。

(おしまい)

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