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【短編小説】あなたの明日が青空でありますように。〜再会〜(オー・ヘンリーに捧ぐ)


警官は初めて男から視線を外し少し悲しそうだったが直ぐに真顔になり言った。
「さて、私はそろそろ行きます。その友人がちゃんと来てくれるといいですね。いや、きっと来てくれるでしょう。もう時間は過ぎていますがもう帰るつもりですか?」
「いや、あと30分は待つよ。いやもっと待つかもしれない。奴に会えるためならいつまでも待つつもりだ。じゃあ、おまわりさん、オレのつまらない話を聞いてくれてありがとう」
「いえいえ、楽しかったです。良い話を聞かせてくれてありがとう。GOOD LUCK!」
警官はそう言い残し男との時間を愛おしむようにゆっくりとパトロールに戻っていった。そして二度と振り返らなかった。



男はまたBlack Deathに火をつけた。凍える様な寒さで今にも雪が降ってきそうな空だ。
通行人は押し黙ったまま憂鬱そうに両手をポケットに突っ込んだまま歩いていた。クリスマスはもう終わったんだよ、早く家に帰り正月の準備をしろ、とでも言いたげに。
だが男はビルの前でタバコを吸いながら友人を待ち続けた。
「オレがここで待ち続けているものはなんだろう。奴を待ってることは間違いないが、希望?安らぎ?」

彼は突然現れた。膝まで届くロングコートを着て、その襟で顔を半分ほど隠した背の高い男が早足で寄ってきた。
そしてタバコを吸い続けている男の前で止まった。
「おまえか?ジュンか?」
男はタバコを投げ捨てて聞いた。
「そうだ。ツヨシだな」
ロングコートの男が短く言った。二人は握手を交わした。
「おい!久しぶりだなあ、本当に。きっと来てくれると思ってたぞ。絶対に約束を果たしてくれると思ってた。何と言えばいいんだろう!!」
「ああ、久しぶりだ。」
「30年は長い時間だった。うまく言葉が出てこないな。おっと、ここにあったBARはもうなくなっちまったよ。昔のように今夜もあの店でGinを飲みながら女に「As Time Goes By」でも歌ってもらおうと思ったんだがな。」男は照れながら少し冗談めかして言った。不健康に翳りを帯びた男の顔に血色の良さが少しだけ戻ってきた。
まるで寒空の下、絶望しか感じない暗闇の世界に一筋の日差しが差し込んでいるようだった。
「おまえは外国でうまくやったか?今何をしてる?」
ロングコートの男は氷のような冷たい口調で聞いた。

「おう、うまくいったぞ。全てがうまくいった。詳しくは言えないんだが今は欲しいものは何だって手に入れた。3秒で時速100kまで加速できる最高速度は310kの車も、優雅なインフィニティプールがある40階建の別荘も、何でもオレの言うことを聞いてくれる透き通るようなまっ白い肌の極上の女もだ。
ところでジュン、おまえは変わったな。オレよりも随分背が高くなった。」
「ああ」ロングコートの男は短く言った。
「うまくやってるのか?」男はタバコを取り出しながら聞いた。
「まあな。オレは公務員をやっていてそれなりのポジションには就くことができたんだ。ところでオレの話なんかどうでもいい。さあ、行こう。いい場所を知ってるんだ。今のおまえに相応しいところだ。そこでゆっくりおまえの話を聞いてやろう」男は少し訝しげな表情を浮かべたが懐かしさからがすぐに不安な表情を打ち消した。
二人はゆっくりと歩き出した。ロングコートの男は付かず離れず一定の距離を保ちつつ少しだけ遅れて歩いた。
男は歩きながら今はシンガポールに住んでいて最近日本に一時帰国している。この再会の約束を果たした後別荘があるハワイに行く。マカオのカジノでも大儲けした、という話を自慢気に語り始めた。
ロングコートの男は相変わらず襟を立て、顔を隠すようにしながら男の話に耳を傾け軽くうなずいていた。

交差点の信号が赤になりショーウインドウのイルミネーションが二人の顔を照ら出した。お互いの顔を同時に見交わした。男はタバコに火をつけるのを止めその場に落とした。狼狽し叫んだ。
「おまえはジュンじゃないな!!」
通りを歩く人が驚いて振り返るほど大きな声だった。
「いくら30年は長い年月でも、一緒に遊んでいた子供の頃ふざけて木から落ちた時にできたひどい傷跡がすっかり消えるほど長くはないぞ!!」
信号が青になっても男は動けずその場に立ち尽くした。
「そのとおりだ。夢と希望に満ちて海外に飛びだって行った純粋な若者が人々の生活を破綻させその生き血を吸って生きている男に変えることはあってもな。詐欺罪の疑いでおまえを逮捕する!!」ロングコートの男は手錠をかけた。男は何が起きたかわからないようだったがこうなる事がわかっていたようでもあった。
「投資詐欺で多くの人を騙し今はこの街でウロウロしているしているという情報は既に入ってきているんだよ。おまえが気付いていないだけだ。だが、おまえはさっき逮捕されるはずだったんだ。」
「さっきお前と話していた警部補から手紙を受け取っている。おまえに伝えたいことがあるとな」
男はショーウィンドウの鮮やかな、それでいて何故か哀しげな灯りを頼りに手紙を読み終えた後その場で声を上げて泣いた。

「タケシ、久しぶり。オレはあの時の約束を忘れない。忘れるわけがない。子供のころ一緒に森の中を走り回ったり魚釣をしたりして遊んだ仲だからな。まるで映画のスタンド・バイ・ミーの世界そのものだったな。あの楽しかった日々は絶対に忘れられない。
オレは約束通りSO WHATがあったビルの前に行ったよ。もちろん30年ぶりにおまえに会うためだがそれだけじゃない。
タイミング悪く詐欺で国際手配されている男がこの街にいるという情報が入ってきたんだ。だからオレはパトロールをしていた。
犯人がおまえではないようにと祈ったよ。だがお前がライターに火をつけて顔を照らした時その望みは無残に打ち砕かれてしまった。」
「おまえは逃げまくっていた焦りのせいか随分顔が変わってしまっていたからタケシじゃないと思った。だから希望もあったんだ。まさか投資詐欺の犯人と30年ぶりに会うおまえが同一人物だとはな。
オレは自分の手でおまえに手錠をかけるのが忍びなかった。どうしてもできなかった。子供の頃一緒に森で走り回っていたおまえにな。まさかあの時の約束がこんな形で叶うとは思ってもみなかったよ。オレはその場を去り同僚の警官に任せたんだ」
「タケシ、ここでもう一度約束しよう。10年後、20年後、いやもっと先になるかもしれないがまたここで再会しよう。オレは毎年この日この時間にここに来る。成功なんかしてなくたっていいじゃないか。ただ静かにGinを飲みながら昔話をしたっていいじゃないか。これからおまえが過ごす部屋は無機質で全く味気ないところかもしれない。だから時々窓の外を見るんだ。たとえ空に厚い雲がかかっていようともその向こうには眩いほどの光がありいつか必ず差し込んでくるはずだ。
タケシ、おまえの明日が青空になるように心から祈っている」

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