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フミオ劇場  11話『FCT(フミオクレイジートレーニング)水編』




 フミオは教えたがり屋さんである。

 博識で口達者までは許すが
 この男の場合
 粗暴で放逸といった要素が加わるので

 いきなり
 FCT(フミオクレイジートレーニング)と
 呼ばれる案件が発生する。

 そんな言葉はないが。


 まずは、被害者(犬)シロ。

  柴系雑種で、番犬用にフミオに飼われたが
 滅多に吠えない。

 日向ぼっこが大好きで
 シロの一生は
 餌を食べて寝るだけの
 すこぶる楽ちんなものだった。
 あの夜までは。


 テレビで芸能人とそのペット犬が
 大きな庭のプールで戯れている。


「犬も練習せなあかんの」 

 寝転んで画面を
 ジィーっと見ていたフミオが
 跳ね起きた。

「樹里、和彦、支度せえ。行くぞ」

 FCT発動。時刻は午後8時。



 夜の淀川は土手から辺り一面
 真っ暗闇である。



 懐中電灯を持った子供たちが
 フミオとシロを照らして
 怖々ついて行く。

 シロは、いつもと違う草の匂いを
 不思議そうに嗅いでいた。


 川岸に到着すると、フミオは長いロープを
 首輪に結び付け


「ええかシロ、きっちり泳げよ。紐は付けといたるからな、心配せんでええ」 

 と、シロを川へ放り投げた。

  半円を描き夜空を舞うシロ。


【バッシャーン!】
【キャイーン!】


「樹里、照らせ!」


 慌てて樹里が、あちこち水面を照らすと
 シロらしき顔が現れた。



「シロここや! しっかり泳げ! かけ、もっとかけー!」

 シロは浮き沈みしながら懸命に
 犬掻きを思い出していた。

  フミオに続き、綱引きの姿勢で和彦が
 ロープの端を掴んでいる。


「和彦、ひっぱるぞ!」
「分かった。オーエス、オーエス」

 この場でオーエスが必要かは疑問だが
 きっと子供の条件反射なのだろう。



 岸に引き上げられたシロは
 何度も体を揺らして水分を飛ばした。


 シロの無事に子供たちが
 ホッとしたのも束の間
 フミオは冷然と命じる。


「もっかいや。身体が覚えるからな」


【キャィ〜ン!】
【ドッボーン!】


 構えていた樹里が、今度は素早く
 シロを照らし出した。

 そこには

 犬掻きとは思えないスピードで
 ガシガシ泳ぐシロがいた。


 岸にあげられたシロは
 歩きながらシャッシャッと水を飛ばす。

 心持ち目つきも変わり
 大会で結果を出した選手のようだ。


「だいぶ上手なったな」

 鬼教官がシロを撫でた。


「ほな、もっかいや」

 シロが(嘘やろ?と)目をむいた。


 最後の訓練が終わると
 シロの身体を拭いてやりながら

「よしシロ、今日の泳ぎ方絶対忘れんなよ」

 フミオが摩訶不思議な言葉で締めくくった。

 帰り道、シロと子供たちは
 同じことを考えていた。

ーー犬って(俺って)絶対泳げなあかんのか?




 和彦が幼稚園、樹里が小学1年。
 ある日、風呂場でFCTが発動された。


『シャンプーハット』を装着した和彦を見て

「なんじゃ? けったいなん被って」  

 充分けったいな顔のフミオが聞いた。


「これ被ったらシャンプーの時、顔にお湯かかれへんねん!」


 毎回、両手でしっかり顔を覆う
 和彦みたいな子にとっては
 待ちに待った商品だった。


 だが【全国のそんな子供のために】という
 開発者の意図は、フミオには伝わらず
 あらぬ結果を招くこととなる。


「そんなもんに、たよて(頼って)どうすんじゃ! 練習や!」

 和彦のハットをスポッと外して壁に投げた。

 壁に当たって湯船に落ちたハットは
 プカプカしながら可愛いらしく回転し
 それはそれで
 新しいオモチャと言えなくもない。

 フミオは、ハットを取られ丸腰の和彦に
 容赦なくお湯をぶっかけた。



「ギャホッ! ブハブハ」


 苦しそうに手で顔を覆うが速攻で払われる。


「鼻で息すな、溺れるぞ! 口で息や!」


 幼稚園児に四方八方からのお湯攻め。


「大きい口して、隙間から息せぇ!」

 口は開けるが、鼻で息をするから
 和彦は
 むせてパクパク
 むせてパクパク

 瀕死の小魚か金魚状態。
 これこそ、ハット開発者が一番
 助けてあげたい子供だろう。


「エッエッ! ママー! ママー!」


 とうとう風呂場から逃げ出した。



 次は自分の番だと悟っていた樹里は
 湯船で早々と自主トレを開始していた。

【ザブ〜ン】

「そやそや、そういう事や。息できるやろ」

 おかげで樹里は短いFCTで済んだ。



 FCTは、たまに
 見ず知らずの他人もその対象となる。


 夏休みに出掛けた避暑地でのこと。

 フミオ親子が田舎の河岸を散歩中
 川で子供が溺れるのを偶然目撃した。

 その少し下流をみると中州があり
 数人が川釣りをしている。

 フミオは彼らに向かって
 立て続けに石を投げた。

 背後から飛んでくる石に釣り人たちが
 怪訝な顔で振り向くと

「子供や! 流れてくるぞ! 準備せぇ!」

 フミオは大声とゼスチャー

 (明らかに不必要な)投石にて
 次々と命令を下す。

「黄色いやつ! 川入れ!」
「黒のお前! お前もや、はよ入らんかぇ!」

「そこ! お前は流れみて黄色い奴へ教えろ、ちゃんと見とけよ!」


 動きの悪い者たちへは
 ひときわ大きい石が投げられた。

「なにボーッとしとんじゃワレ! 動け!」

「おのれは左で待っとけ! はよせんか!」


 子供は、釣り人たちの手によって
 無事救出された。

 河岸で見届けたフミオは、満足顔で

「よし、ほな行こか」

 子供たちと、散歩を続ける。

 一方で


 疲労困憊の極に達し座り込む釣り人たち。


 釣りを楽しんでいたら
 ウルトラ泉州弁の男に
 凄まじい数の石を投げられて

 そこからは無我夢中。

 変なものに取り憑かれたか
 何かに感電してたのか

 気付くと
 駆けつけた親に泣きながら感謝され
 野次馬たちからは拍手を受けた。

 そうだ。
 俺たちは子供を救助したのだ。

 なのに。なぜ。
 この、遣る瀬無い気持ちは何なのだ?

 投石で、滅茶苦茶にされた
 自慢の釣り道具一式を前に

 どうにもこうにも釈然としない。

 英雄だが被害者
 被害者だが英雄

 FCT(フミオクレイジートレーニング)の
 シリーズ中
 極めてレアなケースだった。

                 つづく


【一話からはこちらです。文字でのリンク方法が分からないので延々↓画像が続きますが宜しければご覧ください】

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