苔生す_表紙2

《苔生す残照⑾》

「そういえば、懐かしいものを見つけたんだけど。ちょっと見てくれないか」
 朱音は不思議そうに頷いてから、梯子を降りはじめた。腕まくりをした手で、肩にかけてあったタオルをとり滲んだ汗を拭う。
 降りてきた朱音に写真を手渡すと、彼女は目を細めそれを凝視した。
「門馬さんってどこに映ってんの。面影だけじゃ、雰囲気違うからわからない」
「これ」
 指でさしたのは門馬朱音の隣に立つ薄い笑みを浮かべた少女だった。
「あと、ひとつ聞きたいんだけど、これ、門馬さんが書いたものじゃないかって」
 もうひとつの写真を出す。楷書の和歌が書かれた方だ。
「うん、私の書いたものだよ。よくこんなものを引っ張り出してきたね。卒業式のときに、先生が贈ってくれた言葉で、『君たちが長く健やかに過ごせるように』って。全員が自分の思い出の写真に書くように指示されたのに、隣の席だった私が代わりに書いてあげたんだよ」
「そうだったか?」
「うん。朱音が私の字はすごく綺麗だって褒めてくれて、そしたら意外と盛り上がってクラスの半分くらいには書いてあげたんじゃないかなあ」
「朱音?」
「あっ」
 朱音は口に手をあてはっとした。しばらく沈黙してから、慌てて彼女は前のめりに言った。
「それで、その、章二君は、こんなもののために来てくれたの?」
「あ、ああ、まあ、たまたま見つけて。懐かしかったから、親戚の家に行くついでに寄ってみたんだ」
そうなんだ、と言って、彼女は気まずそうに写真を手に視線を泳がせている。
たしかに彼女は門馬朱音と名乗ったが、いまの話しぶりからすると、明らかに朱音という人物は自分の他にいるようだった。いぶかしむように彼女を見ると、ばつが悪そうに愛想笑いをしている。これは何かあるとしか言いようがない。
「門馬さんって……門馬朱音さん、だよね?」
「あーもう! バレちゃった」
 それもそうだよねえ、無理があるよなあ、慣れないことするんじゃなかった。
 そんなことを言いながら、頭を掻き毟って、写真を返してきた。ばれた、と自白するわりにはどこかスッキリした様子で、愛想笑いもいまや爽やかにえくぼを浮かべ晴れ晴れとしている。校舎で何度も言葉を交わしたが、出会って一番の笑顔を見せてくれたことに、章二は混乱しつつも少し胸の奥が温かくなっていた。
「章二君、あの割れた花瓶、見た?」
「ああ、見たけど……あれって君だったっけ? 見たことがない手紙も入ってた」
「そうだよ。手紙も私が入れた。私も章二君たちの秘密基地、だいたい場所は知ってたし。章二君たちがこそこそ何かしてたのも見かけてね。ごめんね勝手に利用して。あそこなら、変な人に見つからないから、隠すには丁度いいかなって。手離すにしても、捨てるに捨てれなかったから」
 少し言いづらそうに視線を落としながら、手をあわせてもじもじしていた。それからポケットにつっこんで、ごめんなさい、と言って紙の欠片を渡してきた。それは章二が手がかりに使っていたメモの切れ端だった。
 どうしてそこまで隠したかったのか、と聞く前に彼女は思い出したように言った。

2014.3 初稿

2018.5 推敲