苔生す_表紙2

《苔生す残照⑿》

「さっき話したあの写真、裏の詞はね、はじめは、私は朱音を思って書いたんだ。朱音の天下が続きますようにって。あの頃の朱音は私にとっては憧れの的みたいな感じだったから」
「天下って」
「だってあの頃は、みんな朱音に夢中だった」
「それは言いすぎじゃない? 俺はそうとは感じなかったけど」
「どうだか。あの頃は、あの小さな教室が私たちの全部だった。朝登校して下校するまで、どれだけの時間をあの校舎で過ごしたと思う。それに、親類以外の関係を特に知らない自我が芽生えだした子供が、ほとんど初めて長い時間をかけて見ず知らずの人間と一緒の空間に詰め込まれて机に拘束されるんだよ。朱音は成績も良くて、教師からの信頼も厚かった。良い子だけど自分の思っていることも言えた。あの時期の子供にしては早熟な方だった。子供は親っていう大人をたくさん見てるから、大人の見方を知ってるのか、だから朱音がすごい子だってみんなわかってた。朱音の天下だったんだよ、きっと」

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