苔生す_表紙2

《苔生す残照⑼》

 いったい誰が、という疑問もよぎったが、おおかた話しを振った大司だろうと見当づける。そのおかげで掘り返すことには苦労はなかった。トランクに入れておいた園芸用のスコップで数分もしないうちに菓子の空き缶を掘り当てた。土を払ってそれを開ければ、その中には意外なものが入っていた。粉々になっている白い一輪ざしの花瓶と、くしゃりと握りつぶされたような手紙だった。
 手紙にはこう書かれていた。

 加絵へ
 お元気ですか。私も元気です。
 春も過ぎて夏の暑さにまいっています。そちらは大丈夫ですか。夏バテとかしていませんか。
 私はこの前、クライエントの取引先づてに、新しく受注を受けることができました。小さな仕事ではあるけれど、いまの私にはそれでも嬉しいです。
この前行ったお店、覚えてる? クライエントさんは、たまたまあの時居合わせてたみたいで。私たちのことを覚えていてくれたよ。あのとき加絵は、久しぶりに苦しいくらい大笑いしていたよね。すごく楽しかった。
 あなたが病院に運び込まれたと聞いて、とても心配しました。
 あれから、加絵の言っていたことをよく思い出してしまいます。カウンセラーの人と一緒に話したときのことも。ひとつだけ言えることは、私は、加絵の人生がもう終わってるなんてどうしても思えない。今まで一緒にいたことがその証拠だと思って欲しい。本当は、私には加絵を止める資格なんてないんだろうと思う。そんな立派な人間じゃないんだよ。いつも誰かに評価されることに怯えて、いいように受け取ってもらおうとしている臆病者なんです。だけど、お願いだから、もう自分を傷つけようとすることは、やめてね。
 大人になったのに、やっとこんな風にちゃんと話しをするなんて、なんだかおかしな感じがするね。
 お返事、待ってます。元気になったら、今度は一緒に公園に行こう。 
 門馬朱音より

 それは写真の綺麗な楷書とは違った、丸い癖のある、歪んだ字で、まるで震えながら描いたようなものだった。いままで見つけたメモは黄ばんでいたが、染みや汚れがあるがこのノートはまだ白さを残している。
 花瓶とノートの下には、二枚の写真が入っていて、ひとつには笑顔の門馬朱音が、涙ながらに賞状を手にした記念写真だった。ひとり笑顔が薄い女の子が、門馬朱音の隣に立ってピースをしている。その周りを囲うように、クラスのほとんどが入り込んでいた。門馬朱音が持っていた賞状は、音楽室に飾られているものと同じ年度のものだった。
 鞄の中から、こんな宝探しをするきっかけになった写真を取り出す。タイムカプセルから出てきた、もう一枚の写真と見比べる。それはまったく同じだった。タイムカプセルの中に入っていたそれは、焼き回しのされたもう一枚だった。
 門馬朱音の隣の人物に覚えがあった。門馬朱音と印象が似ている。髪の長さや、服装の趣味は似ていなくもないが、どちらかといえば彼女の方が地味で、絵が上手かった。控えめな笑顔に浮かぶえくぼは、門馬朱音にはない。
 門馬朱音は覚えている。それ以外のクラスメイトを見れば、親しくしていた数名なら名前と顔を一致させることはできたが、彼女をはじめ他の数名はどうしてもニュアンスは思い出せてもはっきりと名前が思いつかなかった。
 その時携帯が鳴った。ディスプレイに荒木田大司、と表示される。
「章二? もう見つけたか?」
「ああ、まあな。花瓶と手紙が入ってたけど」
「はあ? 何それ。んなもん入れてねえよ。とりあえずそっち行くわ」
 視線は模写に励む彼女がいる校舎裏に向かったが、木々に阻まれ見えるはずもなかった。
「わかった。ついたらまた電話して」
 大司からの電話を切る。花瓶の欠片に見覚えがあった。


2014.3 初稿