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2-1 歯を折る

眠眠スネークの東京サバイバル
2024年2月5~11日





 月曜、関東大雪の日。昼間は大して気温低くなかったので雨のままで雪にならないよなと高を括っていたが大失敗した。
 電車組や車組が早めに早退していく中調子に乗って一人残業してしまう。20時に会社を出ると、もうがっつり積もり始めていた。
 しかも運悪く傘もなく、フードを被り自転車は押して帰ることに。徒歩なら雪の影響なんてないでしょと考えていたがとてつもなく苦しい3キロやった。地獄。
 僕も夕刻前に早退しておくべきやったよ。すぐに靴の中が濡れ、手と足には痛みしかなかった。ずっと強烈な向かい風で「んでやねん」と一人文句を垂れ続けた。目の中にまで雪が入り込んだわ。吹雪ってこんなに狂暴なのね。ドラえもんのび太の日本誕生で吹雪の中死にかけるのび太の気持ちがよくわかった。雪舐めてた。
 唯一の救いは胸ポケットに入れたスマホから聞こえてくるMリーグ日吉の声やった。有難う、気が紛れたよ。
 びちゃびちゃで帰宅しすぐにシャワー浴びるも足の裏がミミズ腫れになっていて怖かった。なんともなかったがこれが続くと凍傷になるのね。結局0時頃まで降り続き10センチ近くは積もってたと思うよ。東京では数年に一度クラスの大雪。

 今年も新潟国際アニメーション映画祭に行きたいなと考えてるが問題は旅費か。また新潟競馬場に行って稼ぐしかない。




 火曜、道ぐちゃぐちゃなのでテレワークに。良い時代過ぎる。リモートで完結する仕事は有難い。
 夕方外で男子達がぎゃーぎゃー騒いでいて何事かと思ったら雪合戦してたわ。そりゃするよね。
 夜はスーパーで買ってきたチルドのいわし梅煮を食べる。自分で作ったものと比較するつもりやったがもう先日の味なんて忘れていたのでよくわからず。チルドも美味かった。
 アベマで時効警察やってたので楽しく見たが、僕が大好きな只野仁も時効警察ももう20年近く前のドラマなんやから驚く。ドラマの中の携帯がガラケーなだけでそこまで今と違いがあるとは思わないけどな。僕らも学生時代にビデオや再放送の北の国からを見て「古臭いな、昭和やな」と思ったように今の子達も平成をそう思うんやろうか。




 水曜、残業してると珍しく五下さんから「軽く飲みませんか」と連絡あり。久々に会いたかったので仕事を切り上げ武蔵新田へ行く。夕飯のこと考えるのがダルかったので渡りに船やった。
 ずっと行きたかった創作居酒屋BBへ。美味しかったし楽しかった。塩コロッケが抜群。禁酒中とはいえ僕が僕らしくあるために、誘いを断るなんてことは出来なかった。五下さんゴチになりました。
 会わなかった半年の間に彼は奥歯をインプラントにしていた。「2本で百万だよ、くれぐれも歯は大切にした方がいいよ」と何度も言われたが僕は歯を粗末に扱ってるわけじゃないので自分には関係のない話やと思った。歯っ歯っ歯。

塩コロッケ初めて食べた




 木曜、眠い。6時間以上しっかり寝たのにやたら眠かったのはおそらく昨夜のアルコールせい。酔うとあっと言う間に寝付ける代わりに思った程深く眠れてない。ゆで太郎でもりそばの大盛りを食べて帰る、600円也。ひたすら眠眠を書く。




 金曜、遂にやってしまう。酔って自転車で転び顔面を強打した。やってしまった。

 僕がここ数年自ら飲み会を開催してきた理由は、普段飲み屋に行かない同僚達にストレス発散やコミュニケーションの場を提供したかったからに他ならない。後は頑張ってる後輩を労うためというのも大きい。もしコロナがなければ今は無き職場全体の飲み会もちょいちょい続いていたはずで、それなら僕がわざわざ企画することはなかったかもしれないな。
 生きてりゃ嫌なことや辛いこともあるのでやはり飲み会に救われることは多々あるよ。気心知れた仲間達と乾杯する瞬間は嬉しいもんや。
 今いくら禁酒中と言っても僕には飲み会を定期的に開催し続けるという義務とポリシーがあった。なのでこの日も直近で一緒に仕事をしたメンバー中心に声をかけ職場近くの飲み屋に集った。いつもと変わらずお酒と食事とトークを楽しんだよ。かつおのタタキが美味かったこと覚えてる。だいやめのソーダ割りもおかわりしたよ。

だいやめソーダを飲むといつもロクなことがない
おでん
柔らかい鰹節、生節


 一軒目では主に食事を楽しみ、移動した二軒目のレコードバーではお酒と昭和歌謡を楽しんだ。ここまでがこの日僕が考えていたコース。レコードバーには21時から0時までいたが、もう全く記憶がない。3時間いたならハイボールをまあ沢山飲んだことやろう。ユーミンが流れてきていい曲やなぁと思ったのが最後の記憶か。
 三軒目は蛇足やと勿論気付いてはいたが元々の約束もあり武蔵新田の店へ顔を出す。おなじみニュートンと星矢が付き合ってくれたのは頼もしかったし有難かった。楽しいメンバーのはずやったがもう相当酔っぱらっていた僕はしんどくて吐き気がしたこと微かに覚えてる。
 後で知るが滞在時間1時間も経たずして僕は一人で退店する。短い時間でミスチルのリプレイだけはちゃっかり歌ってたらしいがよっぽどしんどかったんやろうな。今思えばどうして帰る方向が同じのニュートンともう少しゆっくりしていかなかったのか。しんどい姿を後輩達に見せたくなかったのか。いや、ただただ眠かっただけか。

店を出た時の写真、午前1:45


 ここからどういうルートで帰ったかも全く分からないが次の記憶ではもう前歯がなかった。
 呑川沿い。チェーンの外れた自転車を押して歩いていたよ。血の味がするしハンドル握る右手がやたら痛い。歩くのがウザすぎて何度も立ち止まり、外れたチェーンを直そうとするも頭回らず諦めた。
「今すぐ寝たい。家まで遠すぎるダルすぎる。自転車どうして使えないのか。くそ。しかしどうも歯がない気がするなハハハ」
 こんな呑気な思考やったと思う。怪我をしていることに対しては完全に他人事やったのが今思うとおかしくて笑える。酔っぱらうと苦痛に対して極端に鈍感になるのよね。
 とにかく雪の日とほぼ同じ距離を息も絶え絶え命からがら歩いて帰った。本当に辛かったという記憶がある、眠くて。
 家に到着し着ていた服をかなぐり捨ててパジャマに着替えベッドにダイブした。
 安住の眠りのその向こうに現実という悪夢が待っていることをこの時は何もわかっていない。本当に眠りたい一心の馬鹿やった。




 土曜、起床。絶望した。
 いや、目が覚めてからしばらくは現実を直視することができずいつも通りスマホで動画を見たりしてたんや。ただ顔に血がべっとりと付いていることと歯がないことは否が応でも気付いてしまう。気怠く立ち上がり、鏡の前へ行きようやくちゃんと絶望したよ。

 男が大怪我をしていた。上の前歯が一本折れていた。口元血まみれ。
 とんでもないことをしてしまった。人生終わったと思った。
 すぐに昨日のメンバーに連絡を取り救いを求める。最後僕は一人で帰っていったという事実を星矢から聞き驚いた。二人は結局朝まで飲んでたとのこと。それは元気過ぎるわ。

 しかし参ったな。いつかはこうなると危惧していたがお酒で遂に怪我をしてしまった。折れた歯はもう戻らない。今からどうしたらいいのかわからずパニックになった。後悔と何とも言えない孤独感が押し寄せる。誰か助けてくれ。

 ひとまずシャワーを浴び血を洗い流した。二日酔いもなければ痛みもなかったが記憶までないのが怖すぎる。一体この身に何があったのか。
 風呂上がり、財布はあるのかと確認。カバンも財布も現金も無事やったがどうやら眼鏡がないわ。眼鏡がないと何も見えないよ。急に心細くなり自転車のかごの中まで探しに行くも残念ながらなし。ついでに自転車の前輪がパンクしていることを知った。マジで何があったのよ。
 歯と眼鏡と自転車を失い茫然自失。泣きたくなった。
 怪我については勿論気になるが、まず視力が戻らないことには始まらない。眼鏡と自転車を買いに行こう、と数年ぶりにマスクを付けて外に出た。

 全然寒くない。天気の良さと気分がミスマッチ過ぎて現実感がなかったな。もしかしたら二日酔いがあったのかもしれないがまるで夢の中やった。
 隣町まで歩いて行き専門店見つけるも結局眼鏡は安くて2万円から、自転車も2万円からやった。ちょっと手が出ないよ。こんな高かったっけ。
 マスクの下は血まみれで、いくら緊急事態とはいえケチさが勝る。もっと安いのじゃないと嫌だ、使いたくない。ボロくていいしダサくていい。探せばもっとあることを確信してるのでまた違う町を目指し歩き始めた。

 道中人とすれ違う度に犯罪者のような気分になるのは何故か。後ろめたく恥ずかしい。歯が折れたという事実が相当にヤバイ。これからどうなるのか考えると絶望やったわ。もう一生このままかもしれないと思うと辛かった。「反転術式が使えたなら」と小学生みたいなことまで考えてしまったんやから。

 次に見つけた自転車屋でも安くて2万から。「最近自転車も価格が上がってまして」とのことやった。値段もそうやが店にはお洒落な自転車しかなく全くピンとこない。僕はチープなママチャリが一番いいんやけどな。
 ダメ元で近くの個人店にも寄ってみる。これまでの二軒はチェーン店やった。『個人店の方が安い』なんてこともないと思ってたが変化が欲しかったのよ。しかしここでも新品の最低価格は2万からとのことで変わらなかったわ。ただ、その時店内に組み立て途中のシンプルママチャリを発見する。
「ちょっと待ってください、これ中古の整備中ですよね、いくらですか」と聞いてみる。人の好さそうなじいちゃん店主は少し考えてから
「これ今作ってるんだけど、そうだね、7000、、」「買います」即答した。
 昔の西友やダイエーで売ってたような理想的なママチャリやった。文句なしでガッツポーズ。じいちゃん色々おまけしてくれ嬉しくて飛び跳ねた。
 明日引き取りに来ることを約束し店を後にする。そしてここで11年間連れ添った相棒にも別れを告げたよ。じいちゃんに引き渡す。本当に今までよく僕を運び守ってくれた。感謝しかない。有難う。サドルを両手で抱きしめた。

2012年当時も中古で購入した8000円の自転車
奥沢神社


 その後奥沢神社にお参りし反省の意を述べる。大蛇様に合わす顔がなかった。
 次に自由ヶ丘のZoffへ到着。失くした眼鏡のレシートがあったので全く同じものを作ってもらったよ。6600円也、安い。先に行ったような町の眼鏡屋のどこに勝算があるのか甚だ疑問やわ。自転車も眼鏡も思った通りの値段でゲット出来てホッとした。

 眼鏡が出来上がるまでの間何か食べることに。この口の中に今食べ物を入れていいのか不安やったが空腹には勝てない。前歯が使えないのでひと口ずつ運べる料理が良く、フォークで少量ずつ巻けばいけるかと思いパスタ屋に入った。
 しかしその店、なんとお箸で食べるスタイルの店で愕然としたよ。今更パスタをお箸で食べるかね。勘弁してくれ。
 啜った後に嚙み切ろうとしても全部つるつる出てきてしまう。だって前歯がないんだから。
 隣のカレー屋にしておけばよかったと激しく後悔。顔の傷も目立つので恥ずかしくて早々に店を出た。これから食事が大変になるな。

 その後眼鏡を受け取りようやく世界が明るくなった。霧が晴れた。安心感が全然違う。
 そしてその足で歯医者へ。昨晩の過ちも僕の心配もしっかり聞いてくれ笑ってくれる有難い先生やったよ。競馬予想TVの高柳さんに似てた。
 レントゲンは撮ったがとにかく口元の傷が治ってから歯の治療を始めようということになった。差し歯の仕組みは理解していないが先生曰くそこまで絶望的な状態ではないそうなので少々安心した。費用の心配はあるが前歯が復活するならそれ以上は望まない。
 これまで病院になんて滅多にかからず、保険というシステムこそ不平等やと不満を漏らした途端にこのザマや。これまでの色んなツケが回ってきたとしか思えなかった。本厄恐るべし。




 日曜、村上春樹のとある寄稿文を読み自分と近しいものを感じた。内容にではなく言葉のリズムに。ファンの方々には怒られるやろうが(僕も作品好きやけど)とても優しく読みやすい文章で眠眠みたいやった。
 京都記念と共同通信杯を見てから自転車を受け取りにいく。これまでどんな短距離の移動も僕は必ず自転車を使っていたので気付かなかったが、町には歩いてる人が案外沢山いるな。自転車を使わない理由を聞いてみたい。同じ移動なら早くて楽な方が絶対いいやんとこれまで思い込んできたが、自転車のリスクを知った今少々考えさせられた。
 新しい自転車はじいちゃんの心のこもった整備で超快適。有難かった。古い自転車の処分代と防犯登録代を合わせて8660円也。
 そしてその足で事故現場を探しにへ行く。おそらく呑川沿いとは思うが本当に記憶がない。もしまだ眼鏡が落ちてるのなら回収したかったが、片道2.5キロの道のりを往復探しても手がかりはなく日が暮れていった。
 歯を折るということは植え込みやガードレールに突っ込み顔から倒れ込んだと推測してるが、それっぽい現場を見つける度身の毛がよだつ思いがした。打ち場所が目や頭じゃなくて良かったよ。はたまた川に落ちたり車に轢かれていた可能性だってある。実は歯程度で済んで良かったのかもしれない。場合によっては全然死んでると思うと怖すぎた。

 この口じゃ当分外食すること出来ないので食材を買い込み大量にカレーを作る。まだ噛み締めるのが怖いのよ。箸やスプーンが前歯に触れるだけでも怖い。実は残された方の前歯にも細かい亀裂が入っていて少々違和感がある。先生は打ち身でしょうと言っていたが今からゆっくり抜け落ちるんじゃないかと思うと本当に恐ろしい。
 一日経ち相当落ち着いたとは言え鏡を見ると落ち込む。勿論お酒との付き合い方は改めて考えなきゃいけないが、今はただ悲しくてやりきれなかった。

具材はなるべく小さく切った






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